real face
ああ、マンションまでの距離が短すぎて、別れの時はもう直ぐそこまで迫っていた。

いつも別れる場所まで来たけど、手はまだ繋がれたまま。
佐伯主任も私と同じように、名残惜しく感じてくれているの?

「……………まこと」

沈黙を破った主任の口から出てきたのは、何故か弟の名前。

「え?何ですか?」

「『まこと』って言うのは、蘭さんの弟?」

「はい、そうです。信は弟の名前ですよ」

「そうか………」

あと他にも弟がもう1人と、妹が1人います。
とまでは言わなかった。
要らない情報かと思ったから。

「俺の父親も、まことっていうんだ。真実の"しん"で『真』」

「そうですか。弟は信頼の"しん"で『信』です」

なんなんだろう?
別れ際に何故か、お互いの家族の紹介してるみたい。

「あのさ、ちょっと気づいたことがあるんだけど。言っていいか?」

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

「蘭さん最近さ、化粧が前よりも薄くなったよな」

き、気付かれていた!
会社で誰かに指摘された事はないけど。
佐伯主任以外にも気付いてる人っているのかな?

だけど変えたのってほんの少しだけよ。
ファンデーションの種類と色、あとはマスカラとチークを少し控え目にしたっていうくらいの、些細な変化なのに。

「もしかしてだけど……俺のため?」

ドキッとした。
その期待したような色が垣間見える、主任の目。
今日は色んな顔の主任を見ることができたような気がする。
今の表情は、ちょっとだけ子供っぽいかも。

「そうです。主任のため……」

だって私のこと"ケバ過ぎる"って言ってたんだもの。
そんな女と一緒に居たくないだろうし、なんて思ったのは本当。

だからといって急にナチュラルメイクやスッピンは難易度が高すぎるから、ほんのちょっとだけ歩み寄ってみようとした結果がコレ。
もうスッピンも主任には見せちゃってるんだけど。

今日は素直だな。俺的にはもっと薄くてもいいんだけど。あの販促イベの時みたいな」

………はい?
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