【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


ったく、このオヤジ。


適度にエロオヤジをあしらって、
アタシは二番テーブルと名付けられた、奥の部屋へと顔を覗かせる。



「お待たせしました。
 ご注文を承ります」
 

正座をしたまま襖にゆっくりと手をかけて開くと、
お辞儀をして、部屋へと入室した。



その部屋にいたのは、大手企業に勤めているらしいが、
ここのおじさんと、おばさんと縁が深いらしく、月に何度か来てくださる新田(にった)様だった。



「あぁ、如月ちゃん。
 今日も来させてもらったよ」

「いつも御贔屓にしてくださって有難うございます。
 早速、ご注文をお願いします」


部屋には、新田さまを含めて、居酒屋には似つかわしくない上質のスーツを身に着けた
若い人が数人、テーブルを囲むように座っていた。

新田様の会社の部下の方なのかもしれない。
アタシはそんな風に解釈した。


新田さまは、おふくろの味の王道と言えそうなメニューをお品書きから選んで、
順番に注文していく。


それらを厨房にいって注文すると、おじちゃんは次々と料理を作り始めた。
おばちゃんは、椅子に座ったまま、作り置きの総菜を器へともりつけていく。


注文した料理が出来る度に、次から次へとお客さんの元へ運んでいく。
運ぶ合間に少しててがあくと、食洗器へ入れる前処理の食器洗い。



「ごちそうさまー。
 如月ちゃん、よしさん、はつさん、また来るわー」


そう言いながら、常連のお客様が酔いよいの気分で店ほ後にするのは、
22時をまわりはじめた頃。



最後のお客さんが帰られたのは23時。


「アタシ、暖簾片付けてきます」


そう言って、店の外へと行くと……新田さんと一緒に居た若い男の人が、
黒塗りの高級車に乗り込んでいくのが見えた。

新田さんは、その人に向かって深々とお辞儀をしてる。

えっ?
あの人……新田さんの部下じゃなかったんだ……。


黒塗りの高級車が走り去った後、
後続の車に乗り込もうとした、新田さんがアタシに気が付く。



「ごちそうさま。
 よしさんと、はつさんのこと頼んだねー」

「有難うございました」


店の入り口で、ぺこりと新田さまのほうに向かってお辞儀をすると深呼吸して、
入り口のドアを閉めた。



閉店後の後片付けをすると、おじちゃんが「余りものだけど、たんとお食べ」っと、
パックにいろいろと詰め込んでくれた、お惣菜とご飯を詰め込んでくれる。


このお店をアタシが手伝うようになったのは、実に間抜けな話。
ストリートミュージシャンなんて言っても、それだけじゃお金は稼げない。

楽器を買うには食事を切り詰めなきゃいけないし……、
お金がないと住む場所にも困っちゃう。

それで無理がたたって貧血起こして座り込んじゃったのが、
おじちゃんと、おばちゃんの居たこの店の前だった。


おばちゃんの声が、亡くなったおばあちゃんの声と何処か重なってしまって、
アタシは、ぬくもりに縋るようにお世話になってしまってる。

おじちゃんも、おばちゃんも常連さんに、「孫が手伝ってくれてる」なんて言っちゃうもんだから、
一部のお客さんには勘違いしてる人もいて。

だけど、そんな勘違いも心地よく感じるアタシがいた。



「如月ちゃん、痩せたわね……。
 ちゃんと食べてるの?」


真梛斗も何度か来たことがある、このお店。
だから、おじちゃんとおばちゃんも当然、真梛斗が交通事故で亡くなったことも知ってる。


「ちゃんと食べてる。
 いつも有難う。

 家に帰って頂くねー。

 おやすみなさい。お疲れ様でしたー」

「はーい、おやすみ。
 明日も頼むよー」



そんなおじちゃん、おばちゃんの温かい声に見送られて、
昼間の暑さとはうってかわった、過ごしやすい風を感じながら、
私は駅に向かって、スマホを見つめながら走り出す。





終電まであと15分。
急ぎ足で改札に滑り込んで満員電車に乗り込むと、
じっくりとスマホを確認する。



美織からの連絡を確認する。





お疲れ様、如月。
今日もバイトだったわよね。

えっと、先方と連絡が着きました。
急だけど明日の13時だと、会議の合間に少し時間が出来るみたいです。


帝国ホテルのロビーでならと言う連絡でした。






明日かぁー。

美織からのメールに少し溜息をつきながらも、
アタシは、「わかった。じゃあ、12時頃に行くわ」っと返信した。

家に着いたのが0時半頃。
それから晩御飯を少し食べて、シャワーを浴びてベッドへと潜り込んだ。

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