【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


やることがなくて、ウトウト仕掛けたころ、
懐かしい声が病室に響いた。


「お嬢様、お嬢様。
 三橋でございますよ。
 
 お目覚めになられて宜しゅうございました」


そう言って三橋はアタシに縋りついて泣く。


そんな三橋をなだめながら、
光輝が眠っているはずりベッドに視線を向けると、
その場所はもう誰もいなかった。


「旦那様は、30分ほど前に出社されました。

 ですが今日は朝の会議だけ顔を出して、
 退社されるようです」



そう言って三橋はアタシに話しかけた。



光輝が今、傍にいない現実に寂しさを覚えてるアタシがいる。


ずっと罪悪感を覚える感情だったのに、
今は素直に寂しいと思うことが出来る。


三橋はアタシが眠ったままの時間に、
何があったのかを話してくれた。



藤川海岸でアタシを発見したのは光輝が頼りにしてる、
アタシが大嫌いな神前悧羅で出会った仲間たちだったってこと。


心肺停止のアタシをAEDを使わずに現場で心肺蘇生してくれた先生のおかげで、
想定される心肺停止時間が短くなったこと。

病院に搬送されてからも、
連係プレーで処置されて今のアタシに繋がっていると言うこと。


そして光輝の身内だという男性が、アタシの交友関係を探り出して、
澪や美織たちにも連絡を取っていて、
二人も駆けつけてくれていたことを知った。



知らない間に、なんなのよ。


思わず口を膨らませて拗ねたふりをしてみるけど、
それでも本音は嬉しさの方が勝ってる。



やがて主治医の先生だと自己紹介してくれた宗成先生の回診があり、
アタシはようやく管生活から解放されることとなった。



検査の結果、酸素マスクからも解放されて、胸の心電図パッチも外された。

そして先生たちが一番懸念していた、
脳へのダメージも奇跡的になかったことを告げられた。



「如月さんは、本当に良かったですね。
 後は、もう少し経過観察をして体力が戻ったら退院できますよ」


宗成先生の声がやけに響いた。


宗成先生と入れ替わりに帰ってきた光輝に、
三橋がその旨を告げると、アイツもめちゃくちゃ喜んでくれた。



その後は、入れ代わり立ち代わり。

アタシの意識が回復したのを知った、
光輝の友達や澪や美織たちが病室に姿を見せて、病
室内はちょっぴり看護師さんに怒られそうなほどに賑やかになる。



数時間の面会の後、皆が帰って二人きりになった病室。


アタシは、初めての病院食が出された。


ドロドロで美味しくなさそうなご飯だけど、
器だけはプラスチックの安っぽいものだじゃなくて、ちょっと救われた。


「ようやく、お粥だねー。
 退院祝い、何が食べたい?」


光輝はそんなことを聞きながら、
器の中のお粥をスプーンですくい取っては、
アタシの口元へと運ぶ。


食べさせてもらってると言うシチュエーションが嬉しいやら、
恥ずかしいやら複雑な心境で……、
そんなことでドキドキしてる自分も知られたくなくて。


アタシは無心に口元に運ばれるお粥を食べ続けて、
逃げるようにベッドへと横になった。



ガキみたい……。

 

幸せを感じるようになればなるほど、
それが怖くなるアタシの存在に気が付く。


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