【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
「するというほどでも。恥ずかしながら始めたてです」
「始めたのには、なにかきっかけでも?」
「ええと……」
会話というのは、こうも日常生活に結びついているものだったか。一臣さんとの暮らしに触れず、自分のあれこれを説明するのが難しい。
「こ、この歳で、料理のひとつもできないとなると、マイナスですし」
「マイナス? だれがそんなことを。僕は料理のできない女性と結婚したら、料理をしなくていい生活をあげるけれどね」
あれ、とワイングラスに伸ばした手を止めた。
『きみは“食事くらい”と言うが、花恋。向こうは決して“くらい”のつもりじゃないと俺は思うよ、賭けたっていい』
今朝の一臣さんの言葉を思い出す。
シャワーを浴び、髪を乾かし、一張羅のワンピースを着てバスルームを出たところで、寝起きの彼と鉢あわせした。
私を見るなり目を丸くしたので、慌てて廊下の端に寄り、場所を譲った。
『すみません、長々と。お使いください』
『いや……、それを着ていくつもりか?』
『だめですか?』
私なりに、ベストだと思って選んだ結果だった。
しゃれっ気というのは厄介なもので、一度足を突っこむと、それまでのように無頓着ではいられない。
職場の男性とふたりで食事。以前なら迷わず、毎日着ているブラウスとスカートで行っていただろう。だけど、なんとなくそれではダメだという気がした。
着飾りたいとか、それによって喜ばせたいとかいう意味ではない。むしろ礼儀とかマナーに近いものだと思う。
服を選ぶという行為は、浮かれた軽薄なものではないのだ。長年誤解していた自分が恥ずかしい。
さて刈宿さんとの食事には、なにを着ていくべきか。迷わずこのワンピースを選んだ。会社に着ていったことはまだない。
だけどそろそろ、着ていける気がする。福原さんも会ったらきっと、ポジティブなコメントをしてくれるに違いない。
一臣さんもこれを着ると喜んでくれる。ということは人前に出ても恥ずかしくないということだ。私は自分が恥をかくのはいいが、彼に恥をかかせたくはない。
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