キスからはじまるエトセトラ
4、 青春の思い出

◯ 月白家、 楓花の部屋


鏡に向かって何を着ようか迷っている楓花。
ベッドの上には散乱した洋服。


そこにトントンとノックの音がして、 茜ちゃんが顔を覗かせる。


茜 「体調はどう? ……って、 どうしたの? ! この有様は 」

楓花 「何を着て行けばいいか分からなくて…… 」

茜 「何を…って、 食事の相手は天馬でしょ? そんなの別に…… 」


茜はそこまで言うと、「はは〜ん」としたり顔で頷く。


茜 「今日はディナーだよね? 楓花ちゃんはどんな風にしたいの? 」

楓花 「なるべく大人っぽくしたいんだけど…… 」


茜は顎に手を当てて考える。

茜 「う〜ん…… いや、 たぶん天馬はそのままの楓花ちゃんでいいって言うだろうけど…… そうね、 ちょっとだけ背伸びしてみる? 」

楓花 「ちょっとだけ背伸び? 」


茜 「そう。 楓花ちゃんはそのままで十分可愛らしいから大きく変える必要はないけれど、 せっかくのお出掛けだからオシャレしたいよね。私がお手伝いしてもいい? 」


そう言うと茜は自分の部屋からワンピースや化粧品を運んできて、 楓花に当てがっていく。

毛先をヘアドライヤーで巻き、 最後にピンクのルージュにグロスを重ね、 満足げに見下ろす。


茜 「完成! 」


鏡の中にいるのは、 いつもよりちょっとだけ大人びた楓花。


黒のマキシ丈 ロングワンピースは、 胸元がゆったりとしたブラウジングノースリーブ。

首に掛かったしずくモチーフのシルバーネックレスが、 デコルテラインを美しく見せている。

いつもストレートのロングヘアーは、 毛先だけクルンと巻いて華やかに。

ハイヒールに慣れていない楓花のために、 シューズは黒のブロックヒールサンダルを貸してくれた。


茜が後ろから楓花の両肩をポンと叩いて微笑む。

茜 「うん、 楓花ちゃん、 とっても素敵よ。 天馬とのディナーを楽しんでおいでね! 」

楓花 「茜ちゃん、 ありがとう! 」



その時、 スマホの電話が鳴り、 画面を見る楓花。

楓花 「えっ、 涼太(りょうた)?!」


***


◯ 喫茶 『かぜはな』


窓際の席で向かい合って座っている楓花と涼太。


楓花 「それにしてもビックリしたよ。 急に来るんだもん」

涼太 「悪い悪い、 お前が帰って来てるって噂で聞いてさ。 元気にしてたか? 」

楓花 「まあ、 ぼちぼち…… 結子(ゆいこ)とは残念だったね。 聞いたよ、 涼太はこっちで実家の美容院を継いで結婚したって」


涼太 「ああ、 親父もまだ現役だけどな。 結子とはこっちに帰って来るときに話し合って別れた。 まあ、 将来の夢が違うんじゃ仕方ないよな。 あいつは東京に残ることを選んだんだ。 でも、 俺は今、 愛する奥さんがいて幸せだぜ。 あの頃のことはいい思い出だ」


楓花 「いい思い出…… か」


***


<< 楓花の回想 >>

ーー 涼太と私は高校時代の同級生。
私の親友の結子と涼太が付き合い始めたことから、 私も涼太と親しくなった。


◯ 喫茶 『かぜはな』


奥の方の目立たない席でノートを広げて勉強している楓花。
テーブルの反対側に座りながら座席にカバンを置く涼太。

涼太 「よっ、 お待たせ 」

楓花 「ううん、 先に宿題を始めてたし。 今日は結子は何時に来れるの? 」

涼太 「試合が近いから6時過ぎかな…… 悪いな、 俺たちのことに付き合わせて」

楓花 「大丈夫だよ。 家で宿題するのも、 ここで済ませるのも変わらないし」



楓花 「それにしてもさ、 恋愛禁止って、 バレー部厳し過ぎだよね」

涼太 「そうなんだよな〜。 外で堂々と付き合えないのはキツイわ〜。 でもさ、 ここでアイツの部活終わりまで待たせてもらえて本当に助かってるんだぜ。 ここの沿線なら部長の家と反対方向だし、 こうしてお店で勉強してれば時間の無駄にもならないし」


楓花 「どういたしまして。 親友のお役に立てて嬉しいです。 それじゃ宿題やっちゃおうか」

向かい合って勉強を始める2人。



涼太 「おっ、 結子からメール来た。 あと5分で着くって。 俺、 駅に向かうわ」

楓花 「そっか、 それじゃ私も家に帰ろうかな。 デート楽しんでね」

揃って店を出ていく。


<< 回想終了 >>


***


楓花 「結局さ、 付き合い始めてからの2年半って顧問にバレなかったんだよね? 」

涼太 「バレなかった。 っていうか、 同級生は知ってたけど、顧問と部長には内緒にしてくれてた」

楓花 「甘酸っぱい青春だね」

涼太 「…… だな」


顔を見合わせふふっと笑い合う。


涼太 「それで、 お前の方はどうなんだよ? 」

楓花 「恋愛? ダメダメ、 全然だよ!」

涼太 「全然って…… どうせまだ幼馴染の天にいへの初恋を(こじ)らせてるんだろ? もうこっちで会ったの? 」


楓花 「…… うん。 今日、 退院祝いをしてくれるって…… 」

涼太 「そうか…… 相手は結婚してるんだっけ? 不倫だけはやめとけよ。 俺、 もうお前が泣くのを見たくはないからさ」


楓花はその言葉に、 4年前のあの日のことを思い出す。


***


<< 楓花の回想 >>


◯ 新幹線の駅前ロータリー


楓花がタクシーを降り、 駅の前で待っていた涼太へと駆け寄り、 立ち止まる。


涼太 「どうだった? ちゃんと気持ちを伝えられたか? 」

首を横に振り、 泣き出す楓花。


楓花 「涼太…… 私…… 」

涼太の胸に顔を埋めて泣きじゃくる楓花。
涼太が楓花を抱きしめて慰める。


涼太 「東京に行ったら、 そんなオジサンよりもいい男が一杯いるよ! めちゃくちゃいい女になって、 天にいを見返してやれ! 」

楓花 「うん…… うん…… 」


<< 回想終了 >>


***


涼太 「まあ、 俺で良ければいくらでも話を聞くからさ、今度ゆっくりご飯でも食べに行こうよ」

楓花 「うん、 また会えて良かったよ。 近いうちにまた連絡するね! 」


そのときテーブルの横に天馬がぬっと立つ。

楓花 「あっ、 天にい! 紹介するね、 彼は高校時代の同級生で…… 」

楓花が言い終わらないうちに、 険しい顔をした天馬にグイッと腕を引っ張り上げられ、 そのまま外に連れ出される。

天馬は表に停めてあった車のドアを開けると、 楓花を乱暴に助手席に押し込んだ。

バンッ! とドアを閉めてから自分は運転席に座る。


楓花 「天にい、 どうしたの? 何を怒ってるの? 」

天馬 「シートベルトを締めろよ。 舌を噛むぞ」

楓花 「えっ? …… キャッ! 」

天馬は車を急発進させると、 一気にスピードを上げて乱暴に走らせた。
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