キスからはじまるエトセトラ
6、 7歳差の憂鬱

<< 天馬の独白 >>

俺が颯太のことをいつから好きだったって? そんなの俺にだって分からないさ。


『好き』、『大切』、『愛しい』

その境界線はいつだって曖昧で、 それが幼馴染ともなると、 家族愛なのか兄妹愛なのか何なのかもハッキリ区別がつかなくて……。


ただ1つだけ言えるのは、 いつだってお前は俺の特別だったっていうこと。

そして、 意識した瞬間には、 既にもう始まってたんだ。


一度走り出した気持ちは急加速で進むばかりで、 放っておけば見境なく壁にぶつかって行きそうで……。

俺はそんな気持ちに必死でブレーキをかけて、 どうにか方向転換をしようとハンドルをグルグル回して……。


だけどさ、 そんなの無駄だったんだよな。
もう俺はとっくにお前にハマってたんだ。
自分の本心から逃げられっこなかったんだ。


どんなにハンドルを回して足掻こうが、 心は結局お前に戻ってしまうんだ……。



***


<< 天馬の回想 >>

◯ 喫茶 『かぜはな』


カウンター席に座りながら、 チラリと奥の席に目をやる医学部5年目の天馬。

そしてそちらに顎をしゃくりながら、 隣に座る大河に尋ねた。


天馬 「なあ大河、 アイツ誰? 」
大河 「アイツ? 」

天馬に言われた方向をチラリと見てから、 大河が「ああ……」と苦笑してみせた。


2人の視線の先には、 テーブル席で向かい合って教科書を開いている楓花と男子高校生の姿があった。


大河 「彼氏なんじゃねえの? ここんとこ、 週に何日かはああやって奥の席で待ち合わせしてるんだ」

天馬 「同級生か」

大河 「いや、 俺もよく知らないんだよね。 7歳も離れてる異性の兄妹だと、 そういう話もしないからさ」


天馬 「お前、 兄貴だろ?! もうちょっと妹の異性関係を把握しとけよ! 」

大河 「何を怒ってるんだよ。外デートじゃなくて、 じいちゃんの店で一緒に勉強だぞ? 初々しくていいじゃん、 大丈夫だって。 お似合いじゃん」


天馬 (くっそ…… )

『お似合い』だという大河の言葉が胸を刺す。


天馬 ( 悪かったな。 どうせ俺はもうとっくの昔に制服を卒業してるよ )


ランドセルを背負っているうちは……。
セーラー服を着ているうちは……。


そんな風に自分に言い訳をしながら引き伸ばしていたのが悪かった。

いざ告白しようと決意した時には、 既に楓花には彼氏が出来ていた。


天馬 ( 諦めろ…… ということなのかもな )

告白して颯太から『気持ち悪い』なんて言われたら、 幼馴染の優しいお兄ちゃんの座まで失うことになる。

天馬 (ここで思い留まることが出来て良かったのかも知れない……)


天馬はコーヒーカップに残っているコーヒーをグイッと一気飲みすると、 思いっきり顔をしかめた。


天馬 「大河、 お前が()れたコーヒー、 苦すぎ」

大河 「ええっ?! じいちゃんと同じ淹れ方だぜ? 」

天馬 「だけど苦いんだよ、 下手くそ! お前、 営業の途中でサボってないで、 早く仕事に戻れよ! 」

大河 「なんなんだよ、 お前今日、 機嫌悪いなぁ。 医学部の勉強、 そんなに大変なのかよ。 悩みがあるんなら言えよ? 」


天馬 ( お前の妹のことばっか考えてるなんて、 そんなこと言えるかよ! )


***


◯ 高級ホテルのレストラン


指定された席に向かって歩き、 ハッと足を止める25歳の天馬。
視線の先にある、 ガラス越しに庭園を眺められる特等席には、 着物姿の水瀬椿の姿がある。

天馬が来たのに気付き、 椿が笑みを浮かべながら立ち上がる。


天馬 「なんだよ、 お前も騙されて来たの? お互い大変…… 」
椿 「騙されてないわよ」

被せるように椿がそう言うと、 天馬は「えっ?」と目を見開いて、 言葉を失った。


椿 「私はちゃんとお見合いのつもりでここに来てるわよ。 本気じゃなければ、 こんな手描き友禅の振袖なんて勝負服、 わざわざ着てこないわ」


天馬は椿の椅子を後ろから押して座らせてやると、自分も向かい側の席に座り、 フッと鼻で笑いながら、テーブルの上で指を組んだ。


天馬 「なんでだよ、 お前は見合いなんて分かってて素直に来るような女じゃないだろ」

椿 「相手が天馬だからよ 」
天馬 「えっ……? 」


椿 「私、 天馬となら結婚してもいいと思ってるわよ。 私と結婚して、 父の病院を継がない? 」

天馬 「結婚て、 何言って…… 大体お前と俺は戦友って言うか、 ただの同期で…… 」

天馬が困惑した表情を浮かべると、 椿が苦笑しながら言う。


椿 「ただの同期…… あなたにとってはそうでしょうね。 でも私は1年生の頃からずっと天馬が好きだったわよ」

天馬 「えっ、 嘘だろ?! 」

椿 「酷い言いようね。 とにかく私は本気よ。 天馬はどうなの? 私じゃ不服? 」


天馬 ( 不服ったって…… )


椿は水瀬総合病院の跡取り娘で、 美人で聡明で自信に溢れていて ……医学部時代から同期のマドンナ的存在だった。

研修医になってからも患者の治療方針について意見を闘わせたり、 睡魔と戦いながら一緒に当直を乗り切ったりと、 共に頑張って来た仲間だ。


天馬 「椿…… 好きか嫌いかと聞かれたら、 俺はお前のことが好きだよ。 だけど…… 」
椿 「だけどそれは恋愛感情の好きではないのよね? 」

先回りして言われ、 天馬は頷くしかなかった。


椿 「そんなのとっくに分かってるわよ。 だから、 これから意識してみて欲しいって言ってるの」
天馬 「えっ? 」


椿 「ねえ、 お試しでいいから、 私達しばらく恋人ごっこをしてみない? それで天馬の心が動かなかったら潔く諦めるから」


そう言われて心が動いた。

この建設的な提案に乗ってみたら、 不毛な恋を諦められるかも知れない。

椿はいいヤツだ。 胸を焦がすような情熱的な恋ではないかも知れないけれど、 お互いの仕事を理解し合い、 助け合って、 いい関係を築けるかも知れない。


天馬 「……分かった。 その恋人ごっこに乗ってみるよ」

天馬が笑顔で右手を差し出すと、 椿が嬉しそうにニッコリ笑って、 その手を握り返した。


***


◯ ラブホテルの部屋

天馬 「そうして…… 俺と椿は付き合うことになった」


楓花 「そんな…… 私と涼太がそんな風に見えていたなんて……。 友達の彼氏だったのに」

天馬 「あんなにしょっちゅう2人でいる所を見せつけられたら、 誰だってそう思うだろ。 現に大河もお前たちが付き合ってるって思い込んでた」


楓花 「聞いてくれたら良かったのに」

天馬 「そんなコト聞いて、『はい彼氏です』なんて言われたら立ち直れないだろ? そこで取り乱して嫉妬丸出しのセリフなんて吐いたら、 それこそ一巻の終わりだ」


楓花 「ふふっ、 俺様のくせに、 結構ヘタレなんだ」

天馬 「7歳の年齢差は男を弱気にさせるんだよ。 それにな…… 嫉妬深くもさせる」


天馬の目に蠱惑的な色が宿ったのを見て、 楓花は一瞬身を固くした。

天馬はそれに気付くと目を細め、 口角を上げながら、 ジリジリと楓花に近寄る。


黙って見つめている楓花の肩を掴むと、 そのままゆっくりとベッドに倒し、 自身は楓花の顔の横に両手をついて、 至近距離からじっと見下ろす。


天馬 「さっきもさ…… お前があの涼太ってヤツと一緒にいるのを見て、 頭がカッとなった」

楓花 「…… 嫉妬したの? 」


天馬 「ああ、 めちゃくちゃ妬いた。 アイツを追いかけてこっちに帰って来たんだと思ったら、 気が狂いそうだった。 しかも『また会おう』とか言ってるし」

楓花 「ふふっ…… 」


天馬 「不倫なんて許さない」
楓花 「…… しないよ」


天馬 「不倫じゃなくても、 俺以外の男と2人っきりで会うなんて許さない」

楓花 「えっ、 それは…… んっ! 」


楓花の言葉は、 天馬の唇によって乱暴に打ち切られた。
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