キスからはじまるエトセトラ
7、 俺たち最初からやり直さないか?
天馬は執拗なくらい濃厚なキスの雨を降らせ続けている。
楓花はそれを受け止めるのに精一杯で、 息継ぎをする余裕もない。
わざと大きな音を立てられて、 恥ずかしくて仕方がないのに、 それが心地良いと思ってしまっている自分がいる。
楓花 (もしかして私、 このまま天にいと……?)
怖くないと言ったら嘘になる。
だけど……
楓花 ( 天にいが私を想ってくれていると分かった今なら、 そうなっても構わない…… )
楓花は瞼をギュッと固く閉じた。
ずっと口を塞がれ続けて流石に呼吸が苦しくなり、 一瞬口が離れたその隙に、 真っ赤な顔で「プハッ!」と息継ぎをすると、 それを見た天馬がクスッと笑う。
名残惜しそうにチュッチュッと短い音を立てて楓花の上唇をついばんでから、 ようやく唇を解放した。
天馬 「ところで…… 」
至近距離から見下ろしながら、 天馬が口を開いた。
楓花 「えっ? 」
このままの流れで先まで進むものだと思っていた楓花は、 拍子抜けしてキョトンとする。
天馬 「お前の気持ちを聞かせてもらってないんだけど」
楓花 「あっ! 」
天馬 「俺はお前のことを好きだって言った。 お前はどうなの? 俺のことをどう思ってんの? 」
楓花 「そんなの…… 好きな人じゃなきゃキスなんてしないよ! 」
恥ずかしくなって、 両手で顔を覆ってそう言うと、 天馬に手首を掴まれ、 顔を覆っている手をグイッと両側に開かれてしまう。
いたたまれなくなってフイッと顔を背けても、 天馬は更に顔を近づけ覗き込んでくる。
天馬 「颯太、 逃げないで。 ちゃんと俺を見て」
楓花 「…… 天にい」
天馬 「…… ちゃんと言って。 お前の言葉で安心させてくれよ」
楓花 ( ああ、 そうなんだ…… 辛い想いをしていたのは私だけじゃない。 天にいだって、 私の気持ちが分からずにずっと苦しんでいたんだ)
目の前には、 いつもの傍若無人さなんて欠片もない、 不安そうな顔。
猫のような瞳がユラユラと揺れていて、その中心に映っているのは、 他でもない楓花自身で……。
楓花 (『言わなくても伝わる』なんて思ってないで、 ちゃんと言葉で伝えなきゃいけないんだ…… )
楓花は真っ直ぐに天馬を見据えると、 ゆっくりと口を開いた。
楓花 「…… 好き」
その言葉は涙と一緒に零れ出た。
今まで言いたくて、 ずっと言えなかった言葉。
4年前に伝えたくて、 伝えられなくて……。
楓花 「好き…… 大好き…… 私は天にいのこと…… 」
泣きじゃくりながらの告白は、 最後まで言い終わる前に、 天馬の唇でチュッと塞がれた。
楓花 「んっ…… は…… 待って! まだ途中で…… あっ! 」
話そうとすると、 またチュッと口づけで邪魔される。
楓花 「ちょっ…… 天にい!…… ふ…… ん…… 」
最後に口の中を蹂躙する濃厚な口づけをすると、 ようやく天馬は楓花を解放し、 いたずらっ子みたいに微笑みながら、 目を合わせた。
天馬 「もう十分分かった。 嬉しいよ。 俺も颯太のこと、 大好きだよ」
そう言うと、 楓花をギュッと抱きしめた。
天馬 「夢みたいだ…… 」
溜息と共に吐き出された耳元での囁き声は、 何年分もの深い想いが籠っているようで、 楓花の胸を震わせた。
楓花 「天にい…… 大好きだよ…… 」
今度こそ最後まで言い終わると、 楓花は天馬の背中に腕を回し、 ギュッと力を込めた。
天馬 「楓花…… いい? お前を抱きたい」
甘い声で言われて、 楓花はコクリと頷く。
楓花 「うん…… だけど…… どうすればいいか分からないから…… 天にいが全部教えてね」
すると天馬が目を見開き、 ガバッと上体を起こす。
天馬 「お前、 初めてなの?! 」
楓花が両手で顔を覆ってコクコク頷くと、 天馬はしばし言葉を失い、 もう一度確認するように聞き返す。
天馬 「今まで…… 一度も? 」
楓花 「…… 天にいの事を忘れられなくて…… 」
天馬 「…… キスも? 」
楓花 「天にいだけ…… 」
耳まで真っ赤な顔を覆ったまま楓花が頷くと、 天馬は楓花の上から跳ね起きて、 ベッドの上で正座になった。
天馬 「うっわ…… やっば…… 」
今度は天馬の方が両手で顔を覆い俯く。
楓花 「…… えっ? 」
楓花 (天にいが困ってる。 やっぱり今まで経験が無いなんて重たいのかも…… )
楓花も向かい合って正座になり、 肩を落としてうな垂れる。
楓花 「 天にい、 ごめんなさい。 私…… 」
天馬 「ヤバイな…… 感動で震える」
楓花 (えっ?! )
天馬 「ずっと好きで好きで、 諦めようとしても忘れられなくて…… その相手が俺のことを好きって言ってくれて、 しかも他の誰のモノにもなってないって…… こんなご褒美あっていいのかよ?! 」
楓花 「…… 嫌じゃないの? 」
天馬は顔からバッと手を離すと、 楓花の肩に手を置いて力説する。
天馬 「いいか、 颯太。 好きな女の初めてってのは、 男のロマンなんだ」
楓花 「へっ?! 」
天馬 「好きな女の身体を自分の手で可愛がって蕩けさせて徐々に開いて、 本当のオンナになる瞬間を見届ける…… なんて、 最高以外の何ものでもないだろっ?! 」
楓花 「蕩け…… 開いてっ?! 」
楓花には未知の世界過ぎて、 想像するだけでパニックになりそうだ。
天馬 「なのに、 俺は…… 」
天馬はもう一度両手で顔を覆い、 乙女のように俯いている。
天馬 「手術後の寝込みを襲い、消灯後の病室に夜這いをかけてベロチューして、 退院祝いをすっ飛ばしてラブホテルに連れ込んで…… 鬼畜だな」
楓花 「ホントだ…… 改めて聞くと、 天にいのやってることって酷いよね」
天馬 「颯太っ?! 」
楓花の言葉に焦って顔を上げ、 縋るような目で見てくる。
楓花 (なんか天にいって…… )
楓花 「ふふっ、 天にいって、 結構子供っぽいところがあるんだね」
天馬 「…… そうだよ。 俺は勇気がなくて諦めが悪いヘタレで、 独占欲が強くて嫉妬深くてエロい29歳のオッサンなんだよ」
『幻滅した?』と探るように瞳を覗き込む姿は、 それまで楓花が知っているどの天馬とも違って……。
楓花 「ううん、 なんだか前よりもずっと、 天にいが近くなったみたいで嬉しい。 もっと天にいのいろんな顔を知りたい」
天馬はそれを聞くと、 目を三日月のように細めて、 楓花の髪を撫でる。
天馬 「颯太 …… 俺たち最初からやり直さないか? 」
楓花 「えっ? 」
天馬 「颯太がいいって言ってくれてもさ、 やっぱりあんな始まり方じゃ不本意だろ? 女の子の初めてって大事だし、 颯太もそれなりに夢見てただろうからさ…… ちゃんと恋人らしいことから順を追って進めないか?
楓花 「恋人らしいこと? 」
天馬 「 ああ、 待ち合わせてデート…… とか? 」
楓花 「デート? したい! 」
パアッと笑顔になった楓花を、 天馬は目を細めて愛おしげに見つめる。
天馬 「そういえば俺たちってさ、 デートどころか、 こうやって2人っきりでゆっくり話すことさえ、 ほぼほぼ無かったよな…… 」
楓花 「あっ、 本当だ…… 」
楓花 ( いつもお兄ちゃんと一緒だったから…… )
天馬 「2人でゆっくり進めて行こうな」
楓花 「うん」
天馬 「それじゃあまずは…… 」
天馬は急に居住まいを正し、 膝に両手を揃え、「うん」と咳払いした。
天馬 「月白楓花さん、 俺はあなたが大好きです。 付き合って下さい」
お辞儀をしながら右手を差し出す。
楓花 「…… はい、 よろしくお願いします」
楓花が右手を握り返すと、 そのままグイッと引っ張られ、 ポスンと天馬の胸に抱き寄せられた。
天馬 「お前は今日から、 俺のモン…… 」
しみじみと言われ、 楓花にもようやく実感が湧いてきた。
楓花 ( 私は今日から、 天にいの彼女…… )
天馬の背中に腕を回し、 力一杯抱き締めた。