優等生の恋愛事情
このピアノ椅子はわりとゆったりめの大きさだけど、ふたりで座ればどうしたって、かなりくっつくことになる。

しかも、話していると自然にいっそう寄り添う感じになるし。

だからもう、すごくドキドキで。

でも、安心するみたいな心地よさもあって……。


「次は? どうする?」

「私、あの曲が聞きたいな。ほら、校内合唱コンクールで諒くんが伴奏した」

「課題曲? 自由曲?」

「課題曲のほう!」

「僕がぜんぜん指揮見てなかったやつだね」


苦笑いする彼につられて、私も思わず苦笑い。


「でも、すごいちゃんと弾けてたよ?」

「そりゃあ必死だったから。あの曲きれいだから、汚い音とか出しちゃったら台無しだし」

「“大地讃頌”きれいだもんね」

「右手が地味に大変な曲なんだよなぁ」

「わかる!和音が音3つか音4つかみたいな」


知っていたからこそ、伴奏者に手を挙げることはできなかった。


「私なんて、オクターブ開くけど、そんなに手が大きいほうじゃないから」


私は手のひらをパッとひらいて見せた。

すると――。


「本当だ。こんなに違うものなんだね」


彼の手がすっと伸びてきて、手のひらがそっと合わさった。


(諒くんの手、すごくきれいなんだよね)


大きくて、指が長くて。

いつも爪がきれいに切られていて。

そう、爪のかたちもすごくきれいなの。


「弾いてもらえないかな?」


だって、伴奏者だった彼の演奏を間近で見たことなかったから。


「じゃあ、聡美さんはメロディー弾く係ね」

「うん」


彼が本棚で楽譜を探している間、私はときめきにも似た思いで待った。


「では、頑張って弾くね」


彼は困ったように笑うと、ネクタイを少し緩めて、気を取り直すように小さく息をついた。

そうして、そのきれいな指が厳かで美しい和音を奏でた瞬間――。


(そうだ、あのとき……)


私の心の中で何かが動いた。

メロディーを弾きながら、つぎつぎとあの頃の記憶が思い起こされる。


(指揮を見ていなかったのは、私も一緒だったんだ)


見ているように歌ってはいたと思う。

でも実際は、ピアノの伴奏ばかり気になって仕方がなかった。

その記憶は、曲が間奏部分に入ったところで鮮明になった。


(この曲、間奏が長めだから)


歌い手が「ちょっと暇?」なんて手持無沙汰に感じるくらい、ちょっと長い間奏部。

ピアノの見せ場という言い方もあるかもしれない。

でも、失敗するとすごく目立つのも本当で責任重大とも。


(私、すごくハラハラしながら見てた)

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