音楽のほとりで

その後は、ボルドーの観光地を巡り、空も暗くなってきた頃、2人は一番初めに訪れたあの水面のところへと戻ってきた。

「わあ、すごい」

そこには昼とはまた違った景色があり、光で照らされたヨーロッパの威厳のある石の建物が、水面に映りなんとも幻想的な風景を作り出す。

観光客だろうか、地元の人だろうか、カメラを向けてそのシーンを撮っている。

普段あまり写真を撮らない尚も、思わずスマホを手にして、その風景を一枚撮ると満足そうにその画像を見た。

南は、様々な角度からそれを撮っている。

尚は、この景観を桜見せたらどれだけ喜んでくれるだろうか思うと、また桜のことを考えている自分に小さく溜息をつく。

いつまで経っても桜のことを忘れられない自分がいることに自嘲してしまう。

きっと、桜はもう自分のいない人生を送っていて、それは恐らく桜を笑顔をにさせており、幸せという言葉に相応しいものだと。

自分で選んだことなのに、今更後悔しても遅いことも分かっているのに、なぜだかこの目の前の風景は、尚の奥底の想いを簡単に思い起こす。

余りにも、美しいからだ。

「僕はこれから何のためにピアノを弾けばいいんだ……」

そんな問いが、さあっと空気に消えていく。

その声を、南ははっきりと聞いていた。

そして、後ろでひっそりと微笑んでこう言う。

「苦しんで、もがいて、何もかも失えばいいのよ」

と。
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