口説き文句は空腹を満たしてから

……ずっと食べるのを我慢して付き合っていても、お互いに疲れてしまうだけだし、当分は考えない方がいいかな。

普段より少し多めにラメをまぶたにのせて、それぞれ男性と仲良くふたりだけの二次会に向かった友人たちを思いだしてため息をつく。
本気で恋愛を求めてる人に混じってるのが、なんだか申し訳なくなった。


「……廣川(ひろかわ)さん?」

「え……?」

どんよりとした空気をまといながら、三口目を頬張るべく大きく口を開けた瞬間に、背後から名前を呼ばれ振り向く。
見覚えのある色素の薄い黒髪が見えて、思わず息をのむ。

「奇遇ですね。あ、それもうまそうっすね。そっちにすればよかったかも」

「……い、伊澤(いざわ)さん」

元気よく“いらっしゃいませ”と声をかけてきた店員さんに食券を渡しながら、私のネギ玉牛丼を羨ましそうに見つめて隣に腰かけた伊澤さん。暑そうにジャケットを脱ぎ、手早くシャツの袖を捲った彼を見て、一口分の白米と牛肉が乗ったお箸を思わず落としてしまう。

……まさかこんなところで会うなんて、
いや、というかこんなところを見られるなんて……!

つい数十分前までカクテキがおいしい居酒屋で一緒に飲んでいた、同じ合コンに参加していた人に会うなんて、予想もしていなかった私はお箸を落とした体制のまま動けなくなった。

……スイッチをオフにして特盛の牛丼をかきこむ姿を見られた。どうする?そっくりさんじゃないですか?作戦で乗り切る?いける?いや、やるしかないんじゃない?


脳内で秒速の会議を開いている私を、不思議そうにのぞきこんできた伊澤さん。今日が初対面だというのに、そのパーソナルスペースの狭さに動きだけでなく、思考までもが停止した。



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