口説き文句は空腹を満たしてから


「き、奇遇ですね……」

「ね。まさかこんなところで会うとは思ってなかったです」

……こっちの台詞です。

合コンのときと同じように、どこか眠そうな表情のまま、穏やかに言った伊澤さんに心のなかで返事をする。

4対4の飲み会だった。座敷タイプの半個室テーブルで、彼は私の向かって右斜め前に座っていた。今と同じような眠そうな表情で、黙々と食事をする姿にどこか同族のにおいがして、少し目で追ってしまった。しかし、私の右隣に座る友人が、完全に伊澤さんをロックオンしていて、かわいらしい表情で会話しているのも目で追っていたから、私も彼のように黙々と食事をするのに専念した。

あの気だるげな瞳がいま、至近距離で私だけを捉えている。


「この時間って無性にがっつりしたもの欲しくなりますよね。ラーメンとかカツ丼とか、牛丼とか」

「本当、そう……です、よね……」

人前では極力隠してきた食欲を間近で目撃された衝撃はまだ抜けず、途切れ途切れに言葉を返す。

めちゃくちゃ会話を持ちかけてくるし、なんで平然と隣に座ったの……いや、気づいてるのに離れて座るのも違和感あるけど。

冷たい嫌な汗を流しながら、じとっとした視線を伊澤さんにむける。
彼は私の視線をさして気にすることなく、運ばれてきた牛カルビ定食を前に普段眠たげな目を心なしか輝かせ、割り箸を割って、律儀に両手を合わせて、“いただきます”と呟いた。


合コンのときにも目を奪われた、きれいに黙々と食べる姿にまた視線を向けて、ふと考える。

……もう、会うこともないだろうし、我慢していまさら少食を装わなくてもいいんじゃない?もうばれちゃったんだし、別に会わなければどうってこともない。

美味しそうに淡々とお箸を運ぶ伊澤さんにつられて、さっき落としたお箸を持ち直しやけくそぎみに頬張った。
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