不可逆の恋

2、出会ったのは



あれから私は何十人に、同じ文を送り続けていた。皆んな同じようなことを質問してくるからだ。

一人ひとりに返していたら嫌気がさしてしまう。何回かラリーして消えていった人、トークは続くが明らかに恋愛関係にはなれなそうな写真の人をどんどん篩に落として、残った人で考えようとしていた。それにしても、だいぶ絞った。

まともな人は、怪しんでしまう、何かあるんではないかな。なんて。でもそんなことも言ってられなかった。
その時、また新しいいいねがきた。
この人アプリ始めたばっかりなんだー。
その方がいいよね。うんうん。
ん。一つの文章に目が止まった。

「教員してます」

私にとって教員。それは人生の憧れ、そして大好きな存在。そして私が叶えられなかった夢だった。もちろん選択肢はたくさんあった。
本採用に落ちてから、私立も受けれたし公立の産休代替だって受けれた。最終的には非常勤講師という時間枠の教師がある。いわゆる塾講のようなもので、コマ単位で給料が発生する。ボーナスなどはないが、学校としては人員確保は良いことで、まず受からないことはない。
しかし私は結局、やりたいことより楽な安定を取った。就職した会社は、大手でボーナスもちゃんと出る。親不孝こそ真逃れたものの、教員をしている人が羨ましかった。

いいな。

私はすぐにいいねを返した。
彼からはすぐにメッセージが来た。

ここから私の第二次人生ゲームが始まった。
とはまだ知る由もなかった。



結局この後も、何人かとやりとりをしていたが、教員のTという人物だけはきちんと自分の言葉で返していた。
彼は他の人と違って質問攻めをしてこず、適度に話せて違和感もなかった。
真面目そうだったし、数学の先生らしく、社会科専攻の私にとって、まさに正反対の憧れ。
私はその人の人となりよりも、職業に惹かれていた。

私たちはしばらくすると、連絡先を交換し個別でメッセージをやりとりするようになった。彼の本名は、冨樫隆之というらしい。
びっくりしたのは、アプリではよくわからなかった顔。ラインのアイコンは、旅行先で撮られたピン写真で、中々雰囲気かっこよく、驚いた。
私は全くの面食いではなかったが、まあ微妙よりかは全然よい。会う約束もしたころ、彼から電話を提案された。知らない人と電話も乗り気ではなかったが、ちょうどその夜も暇だったし、どうせ会うなら話してみようかなと重い腰を上げてみた。



アプリを何気なく見ていると、一人の女の子が目に留まった。とても綺麗な自然の背景に、天真爛漫そうに腕を広げている笑顔。
自分が女子の笑顔にとても弱いことは自覚している。一番最初にいいねをした。

こうこうのって返ってこなかったりするのかな。

そんなことも思いながら、その後アプリで他の人にいいねすることはなかった。その人が無反応なら次に行こう、アプリらしからぬ非効率性は不器用とか言うと少しは高感度。

いいねの返しは比較的早く来た。とても胸が高鳴った。
脳の中を端的に表現すると、わくわくする。
何も知らない、年齢もわからない彼女が、どんな環境の人で何をしている人なのか、どんな声なのか、実際会ったらどうなのか。

不安も疑心も何もなかった。

メッセージが途切れる可能性も不思議と考えなかった。会えないなんてことはなさそうと確信した。
いつしか、俺は会ったこともない彼女のことを四‪六時‬中考えるようになった。
メッセージを続けていると思いは抑えきれず、電話を提案したら、彼女はいいよとすぐに同意してくれた。


「もしもし!」
彼女の声は、ほんわかしていて可愛らしかった。とても安心した。
「あ、もしもし…」
自分は思ったよりコミュ障なのかもしれない。思うように言葉が出てこなくて笑えてきた。笑いが止まらない。うける。

はじめましてとかなんとか、一通り自己紹介をして直ぐにわかった共通点は、同じ大学でしかも教職をとっていたことだった。年齢は彼女の方が一つ上、学科も文系理系から全く違うが、同じ大学ということで一気に距離を近く感じた。とても嬉しかった。




「学校の先生やってるの??」

「あ、うんそう、笑笑笑笑笑」

「数学だっけ??」

「うんそうだよ笑笑笑笑笑笑笑笑」

富樫隆之の電話の第一印象は、なぜこんなにヘラヘラと笑っているのかこれはこの人の癖なのか、こういう人なのか、特になんの想像もしてないなかったがそれにしてもずっとヘラヘラと笑っているのが気になった。

「え、なんでそんな笑ってるの?笑」

おもわずそのまま聞いてしまった。
わたし、好きでもない人にはずけずけと言えるタイプです。

「え?そんなわらってる?」

自覚がない?やはり、癖なのか。割とヤバメな人なのかもしれない。というか先生なのに、こんなヘラヘラ授業してるのかな…。大丈夫なのかなこの人…。不安がよぎる。
しかし、大学が同じということがわかった途端、不安はかなり薄らいだ。親近感による効果だろうか。なんか、一気に知り合いのような気がした。かろうじてそこだけは。

「私も教師目指してて、教職とってたんだ。結局、試験落ちちゃって就職しちゃったんだけどね!すごいね!!ほんと」


「あー、俺も落ちたよ」

ん?は?
ま、まさか…

「えっと、てことは…」


「非常勤なんだよね」

えんえんえん。どうにで、おかしいと思った!!!!
いや、偏見である、偏見であるのはわかっている、非常勤も立派な先生ではある。
しかし、ヘラヘラとしていても採用される意味はよくわかった。いやいや。

この人、わたしが教職じゃなかったら絶対に正規の教員のフリしてただろうな。いやいや、偏見。

非常勤だって授業の責任は正規と同じ。それに加えてボーナスも出ないんだからもはや有償ボランティア並の偉さが…。

そっか。そうだよね。
たしかに、まだ23歳だしね。
そうだよね。

テンションはどんどん下がっていった。あっちはしばらく楽しそうに話していたのでとりあえず寝るまでのっていた。





初めて彼女に会える日。楽しみであり、わくわくであり、少し緊張する。とりあえず、彼女の最寄りの近くでお昼を食べる約束をした。少し遅れるみたいであるがそんなことは全然よい、どこから来るのかどんな子が来るのか、アプリ、捨てたもんじゃないなあ。もうかなりの充実度に満ちていた。というか、アプリを退会してしまった笑


「ごめん…!!!!」
遠くから一人の女の子が走ってきた。ボブヘアーのやはり笑顔がキラキラしている思ったどおりの、林瑠優であった。アプリありがとう。とは思いつつ、あまり感情を普段表に出さない性格なのと緊張で、
「おっおう、どうもー」
なんてそっけない感じになってしまう。


あれ、この人あのヘラヘラしてた人だよね?
第一印象はとても良かった。なにせ気張ってハイテンション男もうざいし、明らかなコミュ障も面倒くさい。その点彼は、電話の印象とは全然違うクールな感じで落ち着いてる人であった。これはよかった…。ヘラヘラ、、じゃなくてよかった…。

とりあえず、そのへんにあるカフェに入ってご飯を頼んだ。
「アプリってこーゆかんじなんだ」
少し照れ笑いをしながら彼は言う。

たしかにはじめまして、でご飯食べに来てるなんてあんまり思わないんだろうなあ店員さんたち。

「アプリで会ったのはじめて?」
彼は私に言う。

「うん、てかこの前始めたばっかだし!そっちは?」

「私もちょうどこの前始めたんだ」

「そーなんだ。」

「…」


「あ、あのよろしく!とりあえず飲も!!」

12時27分。飲んだ。我らは。カフェでビールを頼んだ。私にとっては普通のことであるが、彼にとっては信じられないようなことであろう。それでも彼は戸惑いながらも同意してくれた。

合わせなくてもいいのに~と思いつつも、飲まなきゃ話してられん。そんなくらいに会話が死ぬほど続かないのだ。


「りさはなんでこのアプリやったの?」

「うんと…彼氏と別れちゃって、友達に勧められて!えっと、、たか、、えっと富樫くんは?」

「呼び方なんでもいいけど。なんか、まあ俺も別れたからかな」

同じでぴったし。始めたタイミング、別れたタイミングも同じだった。

でもまあ本当に、びっくりするくらいこの人との会話が楽しくない。顔こそいいけど楽しくない。

そういうときに私はふと、元カレを思い出してしまう。元カレは顔こそ良くなかったが、話す内容は面白いし、何を話してても2人で息ピタリ。時間はすぐに流れ、あっという間に夜になる。

ああ、なんでこんなことに。こんなコミュ障な男と一緒にご飯食べて、愛想笑いしてバカみたい。

だったら復縁頑張ればいい。そう思ったときもあった、それは今だけども、ラインを百万回送っても返ってきたり既読がつくのはごく稀。あんなに好き好きいってても、突然冷めたらこうなる。
人間はとても怖い。
私はそんなこと生きてきた人生の中で知らなかった。だから…もう人を信じれない。辛い。

「大丈夫?」
「あ…」
ふとした瞬間に考え事をしてしまっていた。
だめだこんなんじゃ。でもやっぱり…

「うん、大丈夫、そろそろ帰ろっか!」



彼女はとても優しくて、明るくて、話してるだけで引き込まれる。おまけに、昼からビールとかいうギャップも面白くて好きだ。そうか好きだなーきっと。いや、どうなんだろう?
彼女は仕事で疲れていたみたいで、しばらくすると帰ろうと言ってきた。悲しいけど次があるならいいのかな。

「あ、次またどっかいこうね」
「うん!」
俺達は、駅の改札で別れた。
俺はすぐにメッセージを入れた。
彼女からの返信は、しばらく経った夜に来た。
それでも、彼女が何を考えてるかとか、そんなことは特に考えなかった。
見えてなかったし、見ようとしてなかった。




彼からメッセージが来ると、心が傷んだ。
「今度いつ会える?」
次、どっか行こうねと言われたものの、彼と話すことなんて特にないよね。かといって、悪い人でもなさそうだし、もう一回会っても…。でも元カレの復縁に集中した方がいいのかな。はあ。だめだ、またたくさん考えてる。

それにしてもこの富樫て人。初対面で特に可愛くもない私とよく本気で二回目会おうと思うよな。不思議でしかならなかった。
ちょうどいい普通くらいのブスが一番モテる時代にでもなったのか。
私は、結局空いてる日を送り、また会うことになった。


「浅草行きたい!」
彼から行き先を言われたももの、浅草なんてこの前先輩と飲みに行ったばかりだ。行きたくはない。でもそれを否定する元気もまったくなかった。

今の私は、まさしく彼に無関心で、否定も何もする気力がなく、ただいいね、いいねって言ってるだけ。

でも本心では、「信じることをやめてる」っていうのも理由かもしれない。
反発したら嫌われる。
自分を出したら裏切られる。
全部同意して否定しないで、なーなーにあっちが諦めてくれるのを待つ。

仮にわたしが、彼のことを好き!となってしまったら、きっと抜け出せなくなり、また信じてしまうかもしれないから。バリアは厳重だったのかもしれない。
「いいね!」




彼女と浅草のメイン通りを歩いていた。
これは所謂デートというやつか~。
アプリってすごいな~。感心している。

彼女は、とても楽しそうだし、でも一方でこの関係がよくわかってない。いつもなら好きな子には好きと告白して、その後からデートとかが始まるけど、これは出会い目的であってるわけで、そうすると…これは付き合ってもいい?ってことになるのか、もう付き合う前提で会ってるし、よくわからないんだよな~。

まあ、今が楽しければいっか。

浅草通りを抜けると、彼女はお腹が空いたと言っている。ご飯を探していると、ホッピー通りにちょうど差し掛かり、この前先輩と飲みに来たと嬉しそうに語っていたので、俺はそこに入ることを決意した。

笑う。昼から飲みすぎてこの子はとても変わっているけど面白いなあ。嫌気はまったくなかった。

「ごめんね…大丈夫?昼からまた」

「全然、おもしろいし!」

「おもしろい…って笑」




彼はホッピーなんて頼まず堂々とビールを頼んだ。彼は自分の意志を通すような人なんだな~。柔軟そうに見えて頑固なタイプ。まあどうでもいいけど。

私は生ホッピーを飲みながら、結構回ってしまった。回るととても楽しくなってきた。この状況。

私の悪いところ、それは相手に乗りに乗って気分をよくさせてしまうとこ。だから結構勘違いでモテたりはする。彼に出さないようにとしながら、機嫌が良すぎてつい話が弾みまくってしまった。




「ほんとりさっておもしろいな~」
しばらく飲むと、もっと一緒にいたい。そう思えるくらいに彼女は人懐っこくなっていった。酔ってるな。自分もそこまでお酒が強くないにしても、彼女をみてると酔いが移りそうだ。あーあ、いいな。



「2軒目いこうよ!!」
彼女はのりのりで言ってきた。
全然おーけーと、ホッピー通りを歩き出した。
彼女は自然に腕に手を回してきて、何をするかと思えば、携帯でアプリを取り出し、ポケモンGOをやりはじめた。いや~なんだかとりとめもなく面白い。


雷門まで戻ってくると、俺は写真をとろうといった。
彼女は少しびっくりしながらも、2人で写真を撮ってくれた幸せだな~。単純にそれしかなかった。

しばらく歩いて、二軒目は上野の居酒屋に入った。
彼女の酔いはだいぶ冷めてきていたが、今度はなぜか自分が徐々におかしくなってきた。移った。




「大丈夫?」
とても心配になった。なにせ、全然お酒が進んでなかった彼が、2軒目にきてバロメーターが壊れたかのようにお酒を頼み始めてとまらなくなった。
飲み放題ではあるが、こんなに飲んで大丈夫か?お酒はそこまで強くないと言っていたし。うん。

私はいつしか心配で、自分のお酒が全く進まなくなってしまった。それどころかさっきまで良い感じで酔っていたものの全部吹き飛んで、帰りたいモードに突入。
自分から2軒目を提案しておいてこれは自己中であるが、仕方ない。


「大丈夫大丈夫」
大丈夫っていう人ほど大丈夫であることは殆ど無い。そう思いつつ帰る気配のない彼に付き合うことにした。

「じゃあ相談があるんだけど!」

「なになに?」

「めっちゃ真面目な話していい?」

「う、うん」
めんどくさいなあ。

「教員採用今年受けようか悩んでるんだよね」

彼は一度落ちているので、今年は一次試験の筆記は免除で、二次試験の面接だけで通過できる。
しかしなにせ、受かってしまえば来年から公立に転勤になり今の部活動の生徒ともお別れしなければならない。それが気がかりで仕方ないらしい。

私は率直に意見を言った。めんどくさいのと、教職熱がごっちゃになって割と真面目に語り始めてしまった。

「受けたほうがいいよ。だって、あなた教師なんでしょ?部活動の生徒が気がかりな気持ちはわかるけど、公立の先生になったら、何年かごとに転勤してそのたびに別れがあって、それをいちいち悲しんで引きずるの?それってちがくない?一つの生徒に固執するのは先生らしくないし、迷ってるくらいだったら、私立でそのまま非常勤で残るのも嫌だなって思ってるわけだから、受けて、まずは受かって、そこからもう一回考えればいいと思うし、公立に決めるんなら別れは仕方ないし慣れていくしかないんだとおもう」

私。何言ってんだ。うわあああ死んだ。
教師でもないのに教師語っちゃってるし、何こいつ偉そうにって絶対思われたわ。うわしんだ。
まあいっか、嫌われても知ったこっちゃない。
めんどくさいし、早く帰ろ。うん。

私は彼の顔を見た。表情が止まってる。死んだ。ひいてる。ドン引きだ。




「そっか。そうだよね。めっちゃ納得したわ…ありがとう!」
びっくりした。正直ほんわかしてるだけかと思ったらすごいアドバイスをしてくれた。しかも腑に落ちる。俺はついついあっけにとられてしまった。すごいな。この子。
彼女にはどれだけの魅力が詰まっていて、なんでこんな子を彼氏は振ってしまったんだろう。そうとさえ思う。
彼女は徐々に眠そうになっていったので、今日はここでようやく帰ることに。かれこれもう夜10時を回っている。


帰り道、大きな横断歩道は青が点滅し、やがて赤になった。立ち止まった彼女の手を取った。
彼女は否定せずに照れ臭そうに「酔ってる~」と言う。
確かに否めないけど、正気でもある。嫌がらないので、そのまま指を組見直した。あーあどうしよう。


電車は途中まで一緒であった。
彼女はイタズラそうに、「一緒に帰る?」という。
方向は同じだが彼女の方が奥の駅だった。
「一緒に帰りたい?」
俺が聞くと、ハッとしてすぐに首を降る。





「いいよ、大丈夫。一人で帰れる…」

飲み込まれるな。自分。そう言い聞かせた。

元カレに別れてから一回だけ会った。
私の何が嫌だった?別れたからもう言ってよ。
私はいたずらそうに聞いた。


「君は、俺が家まで送るのが普通みたいにしてたけど、それが我慢の限界だった」


私は笑いながら、心に尖った石ころが刺さった。

だって、送りたいってあんなにいってたじゃん。
瑠優のそうやって甘えるとこ好きだよって言ってくれたじゃん。

送るの、一緒に帰るのあんなに楽しそうだったじゃん。なんで?じゃあなんでそんな我慢できなくなるまでいってくれなかったの?

わかれるくらいなら一緒に帰りたくなんかないよ…。

「なんでいってくれなかったの?」

「言ったら君は拗ねるし怒った。だから言えなくなっていった。てか、察しろよ」


男の人はやってることと思ってること違うんだ。

無理してるんだ。

私のわがままなんて、ちっとも可愛くなかったんだ。

どんどんストレスためていってたんだ。わたし、もう二度と…。


「…一人で大丈夫。」
本当はまだ好きじゃない貴方でも。甘えたい。誰かに甘えたい。本当は一緒に帰りたいよ。駄目なのに。

「ほんと?」
私の暗い表情に富樫は顔を覗き込む。
電車は少し混んでいて距離はとても近くなった。周りは、向かい合って手を繋いでる私たちを幸せなカップルと思っているに違いない。
そうだったらどれだけこの時間幸せなんだろうな。

「…私もう人に甘えないの」
何言ってんだ。ついつい、覗き込む彼に本音が出てしまいそうになる。だめ。絶対に一人で帰る。

だって、男の人は甘えたら逃げるから。
裏切るから。

どんなに私の事好いてくれてても、いなくなっちゃう。

でも好きじゃないのにそれが怖いのはなんでかな。

「甘えてもいいんじゃない?」
彼の一言がはじめて、胸の石ころを拾い上げた。

だめ。騙されちゃだめ。そう言って最後は裏切る。

いや、でも好きでもない。彼のこと好きじゃないなら別にいなくなってもいいじゃんか。


悪魔の囁きにのってしまう。
「うん、じゃあ一緒に帰りたい」

次の瞬間。人生で稀にないくらいの衝撃が走った。

覗き込む彼顔が近いとは感じていたが知らんぷりしていたものの、手で顔をもとの位置に戻され、そのままキスをされた。しかも、長い。

衝撃なのは、キスではなく、場所。
いや、キスもか。
電車の車内にて、そんなことはバカっプルでもまれにないじゃないか。

しかも、富樫に限って。
というか、たしかに私は彼の何も知らないし知ろうともしてない、が、そんな人には到底思えない。
酔いすぎてる。
これは確実に記憶ないやつだ。

私は必死に彼を抑える。口をそらす。
嫌がるのもあれなので、ちょっと笑いながらそらす。しかし彼はその後も永遠にキスを求め、私も応じてしまう。

どうしよう、早く電車。
ついてくれ。

周りの視線が怖いが、案外誰も見ないようにしてくれていた。ありがたい。





「いやいやいやいや」
彼女は照れ臭そうに唇をそらす。そらすのがまたたまらなく、何度もしてしまう。
彼女の唇は柔らかくてとても気持ちいい。幸せ度は高まる。
甘えてくれた彼女はとても可愛らしくどうしても我慢の限界を迎えてしまった。

自分は何をしてるんだろうなんてあんまり考えてなかった。
こんなに本能を抑えきれない人間だったかと言う疑問はある。
彼女の最寄り駅に到着した。あっという間だった。




かなりの長い時間車内人の目を気にするのも終焉を迎えやっと外に出れた。彼の酔いを早く覚まさなければ。私がのせられてしまう。

そう。わりと、流されやすい私は、そんな雰囲気がたまらなく、好きとかではなく、単にとまらなくなってしまう。
表現が難しいが、要はそういう気分になりやすい。ただ、それが故にいままで何度も知らない男の人と帰り道チューしてしまうし、途中まで道端でしてしまったり、数々の失敗が学生時代あった。

そのせいで警察沙汰のストーカー被害にも巻き込まれ、最後は友達に心配され、泣かれ、ようやく目が冷めて軽率な行為は封印したのだ。


得体のしれない人なら適当にそうなれても、彼の得体は若干知ってるから、そこまでガードがゆるくなることもない。だから、私はとりあえず彼の酔を覚まさせるために家までの長い道のりを彼と歩き始めた。

不思議となぜか、彼をチャラいとは思わなかった。そこだけが不思議だ。通常ならチャラいやつだで終わるが、この人は不思議なんだ。罪のないようにみせて、罪のあることをしている無邪気な未成年犯罪者のような?うーん。いい例えが浮かばない。

「ごめんね」

「なにが?」

「家まで送らせちゃって」

「終電余裕だし大丈夫だよ」
「う、うん」

家の近くまで来たとき彼は、突然立ち止まった。
私はなんとなく何を言うのか察してしまった。

だから必死に気をそらそうと道路を見たり、鼻歌を歌ったりした。しかし彼は、そのまま止まる。

「あのさ、まだあったばかりだけど、りさと付き合いたいと思ってる。好きとか、まだ何も知らないし、軽く言えないけど、好きになりたいと思ってる」

好きになにたいとおもってる????????
つまり好きじゃないってこと???

まあそうか、知らないもんねまだ。
それにしてもまるまる正直なこと言う人だな。
あまりの謎の発言に今度は私がフリーズした。


「あ、あうん。まあまだね、しらないし」
私は、必死にかわした。付き合いたくなった。

正直彼には異性としての魅力は若干感じるものの、彼氏にしたい付き合いたいという気持ちが一ミリもわかなかった。
それは、彼が楽しそうでも私は全く楽しくないからだ。
でもそれに気づいていない彼のことを、少しはかわいそうとおもってしまい情が出る。
悪い人じゃないんだよね。なんでだめなんだろう。

その人に魅力がないからなのか。それとも、元カレをひきずっているからなのか。後者の方が割と大きい。すべてを比べてしまう。

好きな食べ物、会話すべての波長が元カレほど合わないのだ。

こんなこと思ってなかったら、今頃は相思相愛で幸せになれてたのかな?

星の奥から未来の自分が問いかけるが、今の私には聞こえていない。幸せなんてあとから気づく。

そんな大事なことは一番最後。



「ごめん突然。」
彼は特に私がかわしたことを気にする様子はなく、そのまま歩き出した。

「帰りたくないな」
彼が言ったので、情けで家の前の公園に誘導した。
私、まだ弱いんだよね。

公園のベンチに座ると予想通り、彼は私を抱きしめてきたし、キスは電車の2倍位した。

受け入れてる。
自分を好きな人を受け入れてるただそれだけ。
私には嬉しいという感情もない。
ただされている。それだけ。
早く帰らないかな~
終電だよね。
とかそんなことしか考えてなかった。


「嬉しい」
満面の笑みで彼が一言言った。
こんなに純粋に嬉しい事を嬉しいと言う人も大人になってからは珍しくて。若い生徒に囲まれているから心も若いままの人多いんだよね、教師って。

教師。…教師。
そうじゃん。この人、教師じゃんか。

教師が電車で女とキスばっかして手繋いで???
こんなことしてて誰かに見られたらどうするとか考えてないの?え、大丈夫??

あとからどんどん彼に対しての悶々とした気持ちが湧き上がってきた。
怒りとかじゃない。なんだかわからないこの気持ち。


「そろそろ!終電になるよ!」
私はなんだかんだで居心地が良かったものを、終電逃したら、私の実家に、入れるわけにも行かず、どうしようもないという危機感のもと彼を駅に返した。なんて自己中な女。そりゃ捨てられるか。


まあ別にこの人に捨てられてもいいし。
彼の後ろ姿を見ながら見送った。



彼の告白はこの日が最初で最後でした。


私は絶対に答える気もなく、付き合う気もなかった。
嬉しくないし、一緒にいたくなかった。
私が一緒にいたかったのは元カレだけだった。

このときの私は、ないものを求め、あるものを蔑ろにした。
< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop