極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
一尾たちにも助けられた恩は感じている実乃里であるが、そんな風にからかわれると頬が膨らむというものだ。

一尾たちには、実乃里の気持ちがすっかりバレてしまったらしい。

彼女としては頑なに、まだ恋までいっていないと思い込もうとしているのに、彼らはそうは思ってくれないようだ。


(やっと帰ってくれた。三人だけで来られると、ちょっと迷惑……)


店内にはふたりの常連客が、コーヒーを飲みながらゆっくりしている。

一尾たちが帰ると、店内に流れる昭和のBGMがよく聞こえた。

閉まったドアをひと睨みした実乃里は、空いたテーブルを片付けて、布巾で丁寧に拭く。

そして小さなため息をついた。


(二日間、顔を見ていないよ。龍司さんに会いたい。今日は来ると思ったのに、フロント企業とやらの仕事が忙しいのかな……)


思い出すのは港の倉庫から帰るワゴン車の中で、龍司に抱きしめてもらった時のことである。

頬に当たる逞しい大胸筋の硬い弾力と、頭を撫でてくれた手の温もり。

低く響きのよい声を耳元で聞いて、彼の香りを嗅いだ。

爽やかで少し甘いほのかな香水に汗が混ざったあの香りは、フェロモンのようであったと実乃里は思い出し、顔をだらしなく緩めてニヤニヤする。

拭き終えたテーブル布巾を両手でしっかりと握りしめ、無意識にクンクンと嗅いでいた。


< 81 / 213 >

この作品をシェア

pagetop