溺愛婚姻譚〜交際ゼロ日ですが、一途な御曹司と結婚します〜
◇◇◇
時刻は午後七時過ぎ。すっかり太陽は落ち、街に色とりどりのネオンが輝く。
建築物巡りを終え、博人が最後にと言って美華を連れてきたのは、こぢんまりとしたレストランだった。
レンガ造りの店構えは入り口がアール状の赤い扉で、まるで童話の世界に出てくる建物に見える。繁華街から離れ、静かな場所に建つ隠れ家的な風情だ。
(森の中にこっそりとありそうな建物だなぁ)
つい絵本の挿絵を想像してしまう。
住んでいるのはクマの家族で、森に迷い込んだ女の子がやってくるといったシーンを思い浮かべ、ひとり妄想の世界へ旅立った。
そんな美華を現実に引き戻したのは、「いらっしゃいませ」とやってきた三十歳そこそこの女性だった。
長い髪をひとつに束ね、真っ白なブラウスにAラインの黒いスカート。目鼻立ちのはっきりとした、清潔感のある美女だ。
「あら、博人じゃない」
気さくな感じで博人の名前を呼ぶ。知り合いのレストランといったところか。
美華たちを交互に見て、その女性は目をしばたかせた。