冷徹御曹司のお気に召すまま~旦那様は本当はいつだって若奥様を甘やかしたい~
意識がはっきりしない彩実を心配し、何度も優しく声をかけてくれた。

あのときの諒太は、体調がとことん悪かった彩実が作り出した幻かもしれない。

そう自分に言い聞かせ、諒太の冷たい態度にもなんとか納得していたのだが。

車内に残されているシトラスの香りはまさに、あの日諒太がまとっていたのと同じ香りだ。

その香りに触れた途端、彩実を心配し優しい言葉をかけてくれた諒太を思い出してしまった。

『なにも心配することはないですよ。常駐している医師を寄こしますので、ゆっくりしていてください』

温かい言葉をかけてくれた諒太はまるで王子様のようで、それまで初恋すらまだだった彩実の心を大きく震わせ、ときめかせた。

朦朧とする意識の中、名札に書かれていた白石という名前を脳裏に焼き付け、体調が回復した後タブレットで検索した。

そして画面に現れたのが、白石ホテルの後継者、白石諒太だった。

いずれ国内屈指の高級ホテルグループを率いる立場にいる、若き御曹司。

まさに王子様だ。

彩実は凛々しい表情を浮かべる諒太を画面越しに見つめながら、自分とは縁のない人だと落ち込んだ。

その日以来、諒太との接点などなく、彩実も仕事を始めてすっかり忘れていたというのに、突然見合いをするようにと命じられた。

政略結婚させられるかもしれないことは以前から察していたが、もしもそうなればフランスに逃げ出そうと覚悟を決めていた。

愛するひとと結婚し、両親のように幸せになりたいと、思い続けていたのだ。

フランスの親戚たちはみな大恋愛の末に結ばれ、年を重ねてもなお互いへの愛情と尊敬の思いを隠さず口にし、体で表現している。

そんな日常に触れるたび、彩実もそんな未来を夢見てきた。

決して不幸になる政略結婚などしないと、固く誓っていたのに……。

賢一から言い渡された見合いの相手はまさしく王子様。

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