Before dawn〜夜明け前〜
ここへ来て、一気に空腹が加速した。
せめて飲み物でも買おうと自販機の前で財布を開けて、ハッとなる。

中身はドルのまま。日本円は、コイン一つ入っていない。使えるのはクレジットカードだけだが、自販機は対応していない。

黒川がいればすぐに対応してくれるが、こんな時に限って、いない。

「…はぁ」

思わず立ち尽くしてしまういぶき。
とりあえず、タクシーを拾ってホテルに帰り、ルームサービスを頼むのが最善だろう。

「どうか、しましたか?」

そこへ通りかかった男性社員が声をかけてきた。

「いえ、何でもないです」

「君、どこの課の子?見かけない子だね」

男はしつこく絡んでくる。
面倒くさくて振り切って帰ろうとした時。


「あ、桜木先生〜!」


通りすがりの女子社員のグループから、九条が手を振って駆け寄ってきた。

「今帰りですか?
初日からお疲れ様です。
あ、営業2課の、新川係長。こんな所でナンパはダメですよ」

「九条さーん、そんな人聞きの悪い。
それより、こちらの美人は?先生って?」

「顧問弁護士の桜木先生です。
先生、どうかされたんですか?」

九条はさりげなくいぶきの手元を見る。その手の硬貨がドルだということに気づいた。

「何でもありません。じゃ、お疲れ様でした」

いぶきは、パッと硬貨を財布に戻して立ち去ろうとする。

「そうだ、先生、ご飯でも一緒にどうですか?先生はアメリカが長いから、和食かな?
あ、新川係長はダメですよ。女子だけ」

九条は手で追い払うように新川を遠ざける。新川はスゴスゴと去っていった。

「ありがとう、九条さん。カード持ってるから食事は大丈夫です。お気遣いありがとう」


< 125 / 155 >

この作品をシェア

pagetop