Before dawn〜夜明け前〜
「お嬢ーっ!!
おい、拓人君っ!拓人君っ!!」

大将が血相を変えて拓人のいる個室の扉をノックする。

何ごとかと飛び出した拓人は、現場を見て言葉を失った。

脇腹を押さえて膝をついているいぶき。
その手の隙間から血が零れ、流れて足元に血だまりを作っていた。

「いぶきっ!」

拓人はいぶきに駆け寄ると、青ざめたいぶきをぎゅっと抱きしめた。

「一条くん?一条くんまで、いぶきなの?
なんでよ…なんで」

玲子は夫に羽交い締めにされたまま、呆然と拓人を見つめていた。

「キャアアっ!桜木先生、桜木先生しっかりして!け、警察。警察呼ばなきゃ」

九条がオロオロと携帯を取り出す。

「華子さんが警察なら、オレは救急車を呼ぶ。
お嬢、しっかりしなっ!」

大将も慌てて電話に飛びついた。

「そんなに、騒がないで。
私なら大丈夫。大したキズじゃない。
玲子さん、執行猶予中なんだから、警察なんて呼ばないで」

いぶきは気丈に言っている。

だが、傷を押さえる為に大将が貸してくれた真っ白いタオルはみるみる血で染まっていく。

「しゃべるな、いぶき。頼むからしゃべるな…血が」

拓人の腕の中。
不思議といぶきは、痛みを感じていなかった。
ただ、ひどく寒かった。気が遠くなってきて、体が言うことを聞かない。

視界の隅に、千切れたネックレスが見える。

拓人とこの十年つないできてくれた絆が千切れた気がしていた。


そうか。これで、終わりなんだ。
やっと、夢が叶いそうだったのに。
やっと、拓人と肩を並べて歩いていけるって思ったのに。



救急隊が駆けつけ、担架に乗せられている間、いぶきは、ぼんやりと周りを見渡していた。

玲子は、警察に取り押さえられていた。最後までいぶきを睨んでいた。

大将と九条は、心配そうにこちらを見ていた。





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