Before dawn〜夜明け前〜
「しっかり、しっかりしろ、いぶき」

拓人の声と救急車のサイレンが遠く聞こえる。
次第に意識がおぼろげになっていく。
まぶたが開かない。


「ご主人、落ち着いて下さい。
傷は幸い急所を外れていますし、浅いです。とっさに避けたのでしょう」


救急隊員の言葉がかすかに聞こえた。


ーーいけない。
こんな事に拓人が巻き込まれる。迷惑がかかる。


いぶきは最後の力を込めて目を開ける。


「…違います。この方は、居合わせた友人、です」


拓人に迷惑をかけたくない一心から出た言葉だった。
いぶきの、か細いがはっきりとした声を聞いて、救急隊員が顔を覗き込む。

「意識ありますか?
ご自分の名前、言えますか?」

「…桜木…い…ぶき」

そこまで言って再び、ふうっと意識が遠のいた。

まぶたを閉じる前に、拓人の顔がみえた。
眉間にしわを寄せて、ひどく怒った表情をしている。

ーーごめんなさい。

その一言だけでも言いたかった。
だが、抗えずいぶきは意識を手放した…







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