Before dawn〜夜明け前〜
思いもかけない言葉に、いぶきは更にびっくりする。
「…これで、終わり、ですよね?」
「そんな訳ないだろう。
俺たちは、共謀者だ。
風祭の愛人の子だとバラされたく無ければ、俺の言う事を聞けよ。
いつでも、俺の望むままに抱くからな」
相変わらず、酷い言葉を投げかける。
だけど、いぶきは気づいていた。
拓人の瞳の奥の揺らめきは、周りからのプレッシャーに押しつぶされそうな苦しみと、一人で戦う孤独感を隠していることを。
どこかに救いを求めていることを。
「誰にも、必要とされていない人間ですからね、私は。
バレれば、退学。一生、風祭で飼い殺し。
それを思えば、拓人の好きにされたところで平気よ。
この汚い背中も、見られてしまったし…」
さっと衣服を着て、いぶきはまだベッドに横たわる拓人を見下ろした。
「行くわ」
「あぁ」
いぶきは、傘ももたずにマンションを出た。
風祭家まで歩いて1時間ほどの距離。
夜の闇の中、弱い雨が降っている。
歩き出して10分もしないうちに体はびしょ濡れになった。
まるで、拓人が触れた感覚を洗い流していくようだ。あれは、幻なんだ、と。
それでも、ほんのひと時、初めて誰かに求められた。必要とされたことは、嬉しかった。
でも、やっぱり。
雨の向こう。目の前には終わりの見えない闇が、広がっているのだった。