Before dawn〜夜明け前〜

消えた光

手術室の前で、拓人は一人、所在なくウロウロしていた。

「拓人っ!
お嬢が刺されたって…
一体何があったんだっ!?」


そこへ血相を変えて黒川が飛び込んでくる。


「お前がついていながらなんでこんな事になっているんだ?
答えろ、拓人っ!」

拓人の胸ぐらを掴んで、黒川が叫んだ。

「今、治療中だ。
黒川、すまない。
トイレに行っただけのはずだったんだ。
まさか、風祭玲子とバッタリ会って、しかも刺されるなんて」


2人が言い合いをしていると、手術室のランプが消えて、医師らが出てきた。


「ご家族の方、ですか?」

「いえ、彼女の父親はアメリカで。
私は秘書をしています」

取り乱していた黒川は、なんとか冷静を装って医師に答えた。

「こちらの方は?
救急車に同乗されていらした方?」

「あ、はい。
俺は。俺は彼女の…」

その先が上手く言葉にならず、拓人はぎゅっと握りこぶしを作った。

上司?恋人?
いや、そんな生半可な関係じゃない。
いぶきは拓人の一部だ。
だが、それをうまく関係として言葉に出来ない。


「彼は、彼女の婚約者です。
それで、先生。どうなんですか?」

黒川が機転を利かして、その場をしのいでくれた。

「キズは、それほど深くありません。反射神経がいいのか、刃物を避けてかすっただけです。
このキズだけなら入院も要りませんでした。

ただ…」

その後に続いた言葉を拓人は信じられない思いで聞いた。

呆然と立ちすくむ拓人に小さく頭を下げ、医師が去っていく。


「そんな…」

「…拓人っ」

拓人は体が震えてその場に崩れる。
慌てて黒川が体を支えてくれたが、その黒川も青ざめ震えていた。

ーー桜木さんは、妊娠していました。まだ、ごく初期でしたから、恐らくご本人も妊娠の自覚がなかったと思います。
流産となった事で出血量が多くなり…入院が必要です。

妊娠。
その言葉が拓人の身にズシリと響く。

「…許さない…風祭、許さない」

拓人は空を睨んで、地の底から響くような声で呟く。
そして、いぶきの血が付いたままの手で、スーツのポケットから携帯を取り出した…





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