Before dawn〜夜明け前〜
最近のいぶきは、素直だ。
淋しさも愛しさも、拓人には隠さない。
出会った頃は、喜怒哀楽の表現が出来なくて、無表情の奥の感情を読み取らなくてはならなかったのに。

ーー今でも、あまり得意じゃないわよ。弁護士としては、顔に出ないのはいいんだけど。
ただ、電話だと声だけだから。だから、なるべく言葉にしようって思って。
今週はこっちに来れるんでしょう?
会えるのが楽しみよ。


そう言って切れた電話。
素直ないぶきが愛おしくて、すぐにでも飛んで行きたくなる。


いぶきは、ジェファーソン法律事務所を辞めて日本で拓人の下で働くと言ってくれた。

だが、桜木一樹の病状は芳しくなく、日本への移動には耐えられない。
しかも、ジェファーソン法律事務所がいぶきをすぐには手放せないと言ってきた。
現在抱えている案件を処理している間に、新しい人材を確保する方向で調整してくれている。

仕方なく、二人は日本とアメリカで離れて暮らすことになった。


拓人は、ふと携帯の待ち受け画面を見た。

そこには結婚式の写真。
拓人といぶき。その隣に桜木一樹と一条勝周。
後ろには黒川とマリア。丹下広宗と妻の恵。九条華子と、久我大和。
そして、顔をぐしゃぐしゃにしたジュン。
みんなが笑顔で写っている写真だ。

ジュンが一世一代の大仕事と言って、いぶきの為に最高のウェディングドレスを作ってくれた。
お色直しのドレスは、いぶきの母アキナが一番気に入っていたデザインのドレスを、いぶきに合わせてアレンジして用意してくれた。

『あぁ、アタシ、今ほどデザイナーになってよかったと思えたことないわ。
今のアタシの最高傑作よ。

オヤジ、アタシ、今日のこの日の為に今まで頑張ってきた気がするわ』

そう言って終始泣いていたジュン。
写真ではちゃっかり桜木一樹の腕に自分の腕を絡めている。
この写真を見ると幸せな気分になって、元気が出てくる。


「さて、午後も頑張るか」

「はい。頑張りましょう!
では、こちらがIJソリューションズの会議資料です」

九条から資料を受け取り、拓人はモードを切り替えて、仕事に集中していった。





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