Before dawn〜夜明け前〜
「ったく、なんだ、あの女。うっとおしい。
華子くん、当分二葉商事とは会わないぞ」

車に乗った途端に毒づく拓人。

「それがいいです!第一、あの格好。胸がボヨーンって谷間見せて、副社長狙いなのがバレバレでしたね!しかも、いぶき先生のこと、あんな風に言って。
もー腹立つ!もーっ!!」

「そんなに怒ると眉間にシワが残るぞ、華子くん。この後、IJソリューションズだろう?
久我のヤツ、心配するぞ」

九条は、もうすぐIJソリューションズの久我大和(くが やまと)と結婚する。
以前、いぶきが特許の件で訪ねた、あの久我だ。

「気づきませんよ。大和は」

「いやいや、久我は華子くんにベタ惚れだから」

「大和は会長命です。
結婚だって、“会長のお子さんと同級生になる子供が欲しい”って理由なんですよ?」

「それは、照れ隠しだ。
さぁ、もう、機嫌を直して。
食い損なったデザートの代わりに、ケーキをご馳走してやるから。

それと、ケーキ食べながらでいいから、いぶきのところにこれ、FAX頼むよ。急ぎなんだ。
今、法務局も寄るから」

拓人は手帳の走り書きしたメモを九条に渡した。

「わかりました!
もしかして、さっきの電話、いぶき先生からですか?最高のタイミングでしたね」

ーーあらあら、さすがは一条副社長。
結婚したところで、女性はほっとかないわね。

電話越しの柔らかないぶきの声を思い出す。

「勘弁してくれ。ただ面倒なだけだ。
全く、全部押し付けていった父さんのせいで大変だ」

ーーお父さん達、毎日すごく楽しそうよ。まるで少年に戻ったようにはしゃいでる。
おかげ様でお父さんの体調も落ち着いてるわ。

「それならいいけど。
体調はどうだ、いぶき。無理してないか?」

ーー大丈夫。順調そのものよ。
心配して助けてくれる手の多いこと。一人で這いつくばって生きていた高校生までの自分が嘘みたい。

拓人に会えないことだけが淋しいけど。


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