Before dawn〜夜明け前〜
「じいじ、じいじ」


「…花音?
今の、花音なの?
ねぇ、皆、大変。花音がじいじって呼んでるわ」

いぶきが気づいて、拓人、黒川、マリア、そして遊びに来ていたジュンの4人と花音のもとにやってきた。

「お父さん、聞いた?
じいじって。お父さんのことよ!

…お父さん?」


いぶきが真っ先に異変に気付いた。


「黒川、ドクターを呼んで来い!」

拓人は即座にいぶきをぎゅっと力一杯に抱きしめた。
いぶきは一樹をじっと見つめて、ガタガタと震えている。


「嘘だ…オヤジ…オ…ヤジ」

黒川はその場に力なくしゃがみこんで動けなくなってしまう。


「オヤジ…寝ているだけよね?」

ジュンはまだ温もりの残る一樹の手をぎゅっと握った。


「俺が医者を呼んでこよう。
拓人、あとは頼む」

言ったのは、一条勝周だ。
異変に気付いてすぐに隣室からやってきて、即座に状況を把握し、部屋を飛び出した。


「フギャー!!!」


「カノン、泣かないよ。
じいじ…旦那サマが心配するから」

花音を抱き上げてあやすマリアの頬にも涙が伝っている。



「なんて、穏やかな顔。
鬼神なんて呼ばれてた男なのに。
苦しまずに眠るよう。

きっと、アキナが迎えに来たのね?
幸せ者ね、オヤジは」

ジュンが一樹の手にそっと口づけた。


「お父さん…」


いぶきは青ざめ、震えながら拓人の腕を離れ、そっと父の頬に手を当てた。

「お父さん。…お母さんの所に、いくの?」

この日が来ると、わかっていた。
心の準備はしていたはずだった。



勝周に連れて来られたドクターが、臨終を告げた。
ジュンが一樹の体にしがみついて泣き叫ぶ。
黒川がベッドサイドで、流れる涙もそのままに日本の桜木組に電話をかけている。

「拓人は、いぶきさんに付いていてやれ。
事務的なことは、任せろ。
俺、先輩自身から葬儀の希望を聞いているから」

勝周はそう言って、テキパキと動く。その目尻には、涙が滲んでいた。



ーーまるで、現実じゃないみたい。



いぶきは、放心状態でそれらを見つめていた。
傍らの拓人が、力の抜けた体を支えてくれる。

「ありがとう、お父さん。
頑張って病気と戦ってくれて、ありがとう。
私を守って、愛してくれて、ありがとう。
沢山の時間を一緒に過ごせて、幸せだった。

あぁ。

ちゃんと、お父さんに伝わっていたかしら」


「大丈夫だ。
桜木さんの顔を見ろ。あんなに穏やかじゃないか。
幸せ者だよ、桜木さんは。
友に、後輩に、舎弟に、娘にこんなに慕われて、愛されて。
今頃、アキナさんに自慢してるぞ」


その時。


「あーあー」


マリアの腕の中の花音が、一樹に向かって手を伸ばしている。


「マリア、花音を」


いぶきに言われてマリアは、そっと花音を一樹のそばに連れて行く。

花音は、いつものように一樹の頬をペシペシと叩いた。
それから、ふと一樹の頭上をじっと真っ直ぐ見つめる。

一樹からいぶきに。そしていぶきから花音に受け継がれた淡い色味の瞳には、人を射るような強い力がみなぎっていた。人心を掴むあの強い目力で空をじっと見つめている。

それからニッコリと微笑んでまるで抱っこをせがむように両手を伸ばした。


「花音、もしかして見えているの?
…じいじ?」


いぶきは花音の視線の先を見る。

春の暖かな日差しの下、父と母が並んで穏やかな笑顔を浮かべて、初孫を愛おしそうに見つめている気がした。





鬼神と呼ばれ恐れられた男、桜木一樹。

彼の燃えるような、人を魅了してやまない強い目は娘から孫へと確実に受け継がれ、
彼は、彼を慕う多くの人々にとって、伝説となった。






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