Before dawn〜夜明け前〜
「わかった。撤回する。

それはそうと、お前、汚いな。あちこち、ホコリだらけだ」

拓人はいぶきに歩み寄ると、その肩のホコリをつまみあげた。

「資料室が汚いせいですよ」

いぶきは慌てて肩をはたく。よく見ればあちこちホコリだらけだった。


「ほら、ここも」

「え?」

いぶきの前髪をはらって拓人はいきなり唇を重ねた。
突然のことに、いぶきはビックリして体を強張らせる。

「…一条先輩、やめてください。
…学校ですよ」

「もう、みんな帰ったし、生徒会室の鍵は会長の俺しか持ってないし」

そう言うと、拓人はいぶきを抱き寄せて、さらにキスを仕掛けてくる。だが、いぶきは顔を背けてそれを拒んだ。

「…あんな綺麗な人が誘っていたのに」

「言ったろ?
愛だの恋だの面倒なのは、ごめんだね。
グダグダ言わずに、好きにさせろ。

…風祭の隠し子だと、バラされたくないだろ?」

この切り札を出されてしまえば、いぶきは逆らえない。


きっと、あの女の子以外にも、沢山の女子がこの人の側にいたいと、あわよくば抱かれたいと思っているはず。


ーーそれなのに、私を選ぶなんて、どうかしてる。

『一条の御曹司だから?容姿?頭?』

先程、女の子にしていた質問がふと浮かぶ。

神に贔屓されて、全てを兼ね揃えた最高の男、一条拓人。
それが、風祭の隠し子で使用人の、冴えない青山いぶきを相手に選ばなければならないほど、心が苦しみと孤独で悲鳴を上げている。

拓人がいぶきに求めているもの。

欲したときに、好きに出来るカラダ。
御曹司の一条拓人じゃない、苦しみと孤独と戦う淋しい心を抱えた拓人を受け入れるカラダ。

わかっている。

わかっているけど、勘違いさせて欲しい。

あなたが私を求めている、と。
あなたには私が必要なんだって。
どんな形であれ、私が拓人にとって必要な存在なら、それだけで、嬉しい。
今まで生きてきたことが、初めて報われて、救われた気がするから。


いつしか、夕陽は沈み、夕闇が広がっていた。

夕闇の中、生徒会室では、いぶきと拓人の荒い息と妖しい水音だけがしていた…


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