Before dawn〜夜明け前〜
「…どうして?」

生徒会室へ続くドアが少し開いていて、そこから声が漏れていた。

「付き合って欲しいって言ってる訳じゃないの。カラダだけでもいいの。
一条君の側に置いて欲しいの。
…好きなの」

女の子の声だった。

いぶきは出て行きにくくなり、息を潜めてドアの隅に身を寄せた。

「佐江は変わらないな。自分に正直で。
そんなところ、好きだよ。
まだ、俺のこと想っていてくれて、ありがとう」

拓人の声だ。
甘い言葉に、いぶきでさえドキリとする。

あの男に、“好きだよ”なんて言われて、喜ばない女はいないだろう。

「じゃ、抱いて?お願い、一条君」

「それは、できないよ、佐江。
よく周りを見てごらん。佐江に想いを寄せている奴らが沢山いる。きっとその中に佐江の気にいる男がいるから。

心がともなわないのに抱かれるなんて、虚しいだけだよ」


ーーあの人、何を言ってるのかしら。


いぶきの胸に、すうっと冷たい風が吹く。

感情なんて要らないと、欲望を満たすためだけにいぶきを抱いたくせに。

彼の言葉を借りるなら、虚しさの極致の行為だ。


「私じゃ、ダメってこと?」

「もっと、自分を大切にしろってこと。
俺なんかを追いかけても、仕方ないよ」

「でも…私は、一条拓人、あなたがいい。
他じゃダメなの」

「俺のどこが?」

「…」

「一条の御曹司だから?容姿?頭?」

「その全てよ」

拓人がフッと鼻で笑うのがドア越しに聞こえた。

「…あきらめろ。
君じゃ一条拓人は、オトせない」

声色が変わった。
ドア越しですら、背筋が凍るような低く冷たい声で、バッサリと拒絶した。

バタン、とドアの音。
凄い勢いで足音が遠ざかっていく。


「…そこにいるんだろう?
一年A組委員長、青山いぶき。さっきから、気配を感じてる。
立ち聞きとは、あまり趣味が良くない。
まぁ、使用人のサガか」

いぶきは渋々ドアを開ける。
そこには、夕陽の差し込む窓を背に、まるで何事もなかったかのような顔の拓人だけがいた。

「聞く気なんてなかったんですけど、出て行きにくくて…結果、全部聞こえてしまいました。すみません。

でも。

使用人だからといって、立ち聞きが趣味なんて。
撤回して下さい」

いぶきのあの力強い目線が拓人を射る。

ーーこれ、なんだよな。

とても、いぶきのような境遇の女の子の目力ではない。
これは、人を束ねるような、権力者の持つ目力だ。
そのアンバランスさが、拓人を惹きつける。
< 15 / 155 >

この作品をシェア

pagetop