Before dawn〜夜明け前〜

「青山さん。
その傷、縫ってもらおうか。オレんとこの医者だったら、何も聞かず治療してくれる」

教室に向かいながら、黒川が言った。

「…ありがとう、黒川くん。でも、大丈夫」

「利き手の人差し指じゃ、何するにも使うぜ。
くっついてはまたすぐ開いちまう。
俺に任せて」

いぶきは、足を止めて黒川を見た。

「黒川くん、ありがとう。だけど、私の事は放っておいて。
黒川くんも、学校にいられなくなってしまうかもしれないわ」

突き放したつもりだった。
だが、そんないぶきに黒川は、ニカっと笑って見せた。

「青山さん、そんなに訳アリかぁ。
ビックリするくらい、俺と一緒。

俺は、“緊急時は、理事長又は生徒会長一条拓人へ連絡の事”だ」

「…!」

黒川は、ハッとしたいぶきの肩をポンと叩いた。

「詳しいことは聞かないよ。
俺も話せないし。
でもさ、もし話したくなったら聞くよ。俺の事、聞きたければ教えるから。

だから、俺の事、信用して?
その傷治療しよう?」


「クロ!青山!」


その時、丹下が廊下の向こうから保健室に向かって歩いてきた。

「青山、どうだ、大丈夫なのか?」

丹下が包帯の巻かれたいぶきの手を見て眉をひそめる。

「大丈夫。驚かせて、ごめんね、丹下くん」

「右手人差し指の先、スッパリだ。幸い深くはないけど、利き手だし、縫った方がいい。

うちの先生のとこ連れて行くよ」

黒川が丹下に尋ねた。

「いや…クロ、お前のところはマズイ。
一条先輩に、相談しよう」

「ううん、一条先輩にも黒川くんにも迷惑かけたくない。
これくらい大丈夫よ。ラップでぎゅっと押さえておけばなんとかなるし。

じゃ、私、帰るから」

男達がこれ以上何かを言い出す前に、ペコリと頭を下げていぶきは一人、早足で教室に戻った。


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