Before dawn〜夜明け前〜
いぶきは拓人を見る。
拓人に、笑みはない。厳しい顔つきをしていた。

「まず、イジメに関しては、もう、二度とない。
後日、理事長直々に、お前に謝罪があるだろう。

学校くらい、安心して通え。

それと黒川、悪いがいぶきの護衛も頼まれてくれるか?」

こちらは笑顔でうなづく黒川。
腰をかがめ、いぶきと目線を合わせて優しく話してくれる。

「もちろんだよ!

青山さん、俺ね、実は拓人とヒロの護衛もしてるんだ。コイツらこう見えて御曹司だろ?色々、物騒なんだ。
特に拓人には他にも護衛が何人かいるんだよ」

「ヤクザの一面は隠せよ。さっきは、やばかったじゃん、クロ」

「うん。まだまだ未熟だ。ヒロ、止めてくれてありがとう」

この三人の関係性が見えてきた。

「あの、私はただの庶子で。風祭の厄介者で。
皆さんに助けてもらえるような人間じゃないの。迷惑かけたくないの。
だから…」

断るいぶきに、黒川が首を横に振る。

「そんなこと、どうでもいい。

拓人が青山さんを手元に置いた。
それだけで理由になるの。
そうだよね、ヒロ?拓人?」

黒川の言葉に2人が大きく頷く。

そして拓人が、いぶきの背を押した。

「今から行く病院は、俺の叔父がやってる。
治療するのは、俺のイトコ。
口の悪い奴だけど、軽くはない。安心しろ。
もちろん金の心配も、いらない。
誰も迷惑だなんて、思ってないから」

拓人。黒川。丹下。
御曹司とヤクザ。
本来なら、いぶきとは決して交わることのなかった3人。

今まで、決して人に心を許したりしなかった。いつも、一人、風祭に怯えながら闇の中を歩いていた。


だけど、今、いぶきの前には三人の背中がある。

先を行く三人の後ろをついていく。

「いぶき」

拓人が振り向いて、遅れるいぶきの腕を掴んだ。


拓人が優しくするから、縋りたくなってしまう。

でも。

「大丈夫。ちゃんと付いて行くから。
痛いから、離して?」

いぶきは、拓人の腕を振り払い、歩みを早めて男たちに追いついた。

正直、指の怪我はジンジンして痛かった。


ただそれ以上に、心が痛くて悲鳴をあげている。

御曹司の気まぐれだから。
だから、期待しない。
これが、私を闇から救う一筋の光なんじゃないかと。
この手に縋れば、闇を抜け出せるかもしれないなんて…期待しては、ダメ。
望んでも、ダメ。

これは、この一瞬だけもたらされた救い。

一度縋ってしまえば、もう、1人では歩けなくなる。

それでは、いけない。

だって。

いぶきの闇は永遠に続くのだから。


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