Before dawn〜夜明け前〜
いぶきは、ホテルの中に入る。

風祭家の面々に会わないように細心の注意を払いながら、ロビーに向かおうとした。

が。

「あら、あなた、丁度良かったわ。
このグラス、運ぶのを手伝ってくれる?」

スタッフオンリーの札の掛かるドアから出てきた女性に、ケースいっぱいのグラスを渡された。

「え、あ、あの」

「こっちよ」

メイド服を着たままの自分が何を言っても無駄だろう。仕方なくいぶきは、グラスを持ってパーティ会場に足を踏み入れた。


まさに、豪華なパーティ。スケールが違う。
会場内は既に人で溢れている。

壇上にスポットライトが当たっていた。

スポットライトの下に、拓人の父で一条グループ総帥、一条勝周(かつちか)の姿。
その父の隣でサポートをする拓人の姿に、目を奪われる。

高校生には見えない。
これからの一条を背負う男として、その堂々とした振る舞いに、強者としてのオーラさえ感じた。

ーー手なんて届かない。やっぱり違う世界に住む人。こうしてみると、はっきりわかる。

いぶきは、グラスを指示されたテーブルの上に置き、それから自分の手を見た。


この手で、彼の手を掴む。


本当に出来るのかしら。
こんなに遠くにいるのに。

「…君、このグラスを下げて」

メイド姿のいぶきに、パーティの参加者が当たり前のように空のグラスを差し出した。

「あ、はい」

「こっちも、下げてくれ」

いぶきは、近くにあったトレイを手に、空のグラスを回収した。体が咄嗟に反応するあたり、使用人体質が染み付いている気がした。


どうも、手が足りていないようだ。トレイはアッと言う間にいっぱいになった。

いぶきはトレイを持って会場を出て、先程のスタッフオンリーの扉をノックしようとした。

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