Before dawn〜夜明け前〜
ジョーカーの価値
「すぐに、風祭をここへ呼べ」
まるで気配を感じさせず、部屋の隅で待機していた勝周の秘書が、その命令でサッと動く。
「あとは、君の努力次第だ。
しかし、君は面白い子だね。
一条家に囲われて贅沢三昧に暮らしたいと思う女などいくらでもいるというのに」
「…愛人…私にとっては弁護士になるよりずっと難しいです。
私は、母を知りません。父は私の存在を認めません。親の愛情を知りません。
つまり愛されることを知りません。
人の愛し方なんて、どんな参考書にも載っていない、答えのないもの。
愛されたことのない人間が愛人になろうなんて、無理な話ですから」
「だが、拓人の事はどうなんだ?惚れているのではないのか?」
いぶきは首を傾げながら、拓人を見た。
「愛かどうかは、わかりません。
でも、これだけは言えます。
今の私にとって、拓人さんはたった一つの生きる希望なんです。
その拓人さんが、一条家で生きていくなら、私はその力になりたい。共に戦う同志になりたい。
拓人さんが私に手を差し伸べてくれる限り、私はその手を取り、この身を盾にしてでも一緒に戦いたい。そう、思っています」
「…なるほど。
拓人、お前はどうやら最高の片腕を見つけたようだな。これほどの忠誠、どうも口から出まかせではなく、本心からのようだ」
勝周がそう言って、表情を緩め大きくうなづいた時、ドアのノックがした。
「会長、風祭議員をお連れしました」
「拓人、いぶきさんと一緒に少し離れていなさい」
「はい」
拓人がいぶきと共に部屋の窓際に移動したのを確認して、勝周は風祭を部屋に通すように指示した。