きみのための星になりたい。

玄関の鍵を閉め、他の部屋の戸締りも全て確認し終えた私は、すぐに自室へ戻りながら考えを巡らせる。あの、懐かしいように思える感じは何だったんだろう。胸の奥が締め付けられ、心の奥がもどかしく揺れ動くような感覚。

「……あ、そういえば」

ボスンとベッドに身体を沈め、目を閉じたその時だ。私の記憶が一気に呼び起こされるように、脳裏に数年前の情景が浮かんだ。それは、……私の放った言葉をきっかけに軽い悪口を叩かれるようになり、自分の本音を言うことができなくなった後の数日間のこと。

当時、庇ってくれる友達がいたとはいえ、かなり落ち込んだ私は、ずっと心の奥で言い表しようのないモヤモヤを抱えながら毎日を過ごしていた。自分が無理にでも要求を受け入れていればよかったのだろうか、私は間違った行動をしてしまったのだろうか、と。

まだ小学五年生。多感な時期で、友達の悪口にも敏感だし、些細なことでも傷付いてしまう。だから、私の心もそれなりに落ち込んでいたのだ。

一人で抱え込むのは限界だと思い、私はお母さんに相談を持ちかけようとした。……そう、まさに今日と同じように。

けれど、お母さんが相談にのってくれることはなかった。なぜなら、当時は蓮が生まれて一年で、喘息を発症したばかりの頃。お母さんもお父さんも毎日がドタバタで、私のことを気にする余裕すらなかったのだと思う。その日も蓮は激しい喘息発作が起こり、救急外来に行かなければならなくなったのだ。

『凪ごめんね。何かお母さんに言いたいことがあったんでしょう?でも、今はちょっと蓮のことで手一杯だから、また今度ね。お姉ちゃんだから大丈夫よね、お父さんと留守番よろしくね』

一人ではどうにもならなくて、何度も考えたけれど自分の中では納得のいく答えはでなくて。必死の勇気を出してお母さんの部屋に向かったら、そう言って優しく頭を撫でられた。申し訳なさそうな表情のお母さんと、お母さんに抱かれながら苦しそうな呼吸を繰り返す蓮。

本当はお母さんのことを引き止めたかった。けれど、私はもう大きいし、お姉ちゃんだから。ここは笑顔で頷いて、大丈夫だよって伝えるんだ。

『……うん、分かった。一人でも大丈夫だよ。私、お姉ちゃんだから。お母さんは蓮のこと、しっかり見ててあげて』

もちろん複雑な気持ちはあった。でも、それを前面に出すこともできず、お母さんを心配させまいと笑った私。そうしたらお母さんはもっと目尻を落とし、蓮を抱いていない方の手で私を抱き寄せてくれる。お母さんの胸の中でちらりと見上げた顔は、安堵したように柔らかい表情だった。
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