レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 * * *

 実験はつつがなく行われた。
 結果から言えば、失敗だ。
 呪符の作用を弱めにしたためか、あかるは深部に達する前に自主的に目覚めてしまった。

「今度はもう少し強くしましょう。っていうか、最高値から始めた方が良いんじゃないですかね」
「それは、さすがにな」

 ぐいぐいと進言するマルに、王は渋い顔を向ける。

「どうしてです? 計算によれば最高値でやったとしても、精神的に異常をきたす可能性は極めて低いですよ。最高からやって徐々に下げていく方が効率的です」
「だが、それでは万が一のことがあったときにどうするんだ」

 王が却下すると、マルは、「では」と違う案を提案し始めた。最高より少し下から始めてみてはというものだったが、王はそれも跳ね除ける。王は弱いものから徐々に始めて行きたいらしい。

 マルと王が議論を重ねる中で、当のあかるは少し落ち込んだ雰囲気で北側の壁に寄りかかっていた。

 そのあかるに、そっと火恋が近寄っていった。
 僕はすばやく耳を欹てる。王とマルの会話が少し邪魔だけど、よっぽどの低声でなければ聞こえるだろう。

「火恋ちゃん?」
 あかるは怪訝そうに火恋を呼んだ。火恋はそれを冷淡な声音で一蹴する。
「気安く呼ばないで」
「……ごめん」

 申し訳なさそうにしたあかるに、火恋は刺々しい口調で言葉を投げた。

「貴女、一体いつになったら能力を操れるようになるんですの? 才能ないんじゃないかしら」
「それは……」
「真剣にやってないのよ。紅説様だってそうですわ。この数日見ていただけでも、随分、御二人で楽しんでらっしゃるようだったもの」

 嫌みったらしく火恋が言うと、途端にあかるの顔が火がついたように赤くなった。しかし、それは一瞬だけで、あかるの表情はすぐにどんよりと曇った。
 あかるは口を真一文字に結んで、涙を堪えるように走り出した。

「あかる?」

 王はあかるの異変に気がついて、会話を中断してあかるの後を追って行く。残されたマルは、呆然としながらそれを見送った。僕もそそくさと王の後を追った。すると背後で、

「あの二人、付き合ってたんだ」
 ぽつりと、マルが意外そうに呟いた。

 やっと気づいたか。僕がちらりと振り返ると、ちょうど火恋を捉えた。火恋はマルの言葉を聞いて、うんざりした表情で座り込んだ。

「バカばっかり」

 ぼそっと呟いて、火恋は小さく舌打ちをする。低声に発せられたそれらは、僕にしか聞き取れなかったらしい。マルは何事もなかったように机に向き直った。

(どうしたんだよ。火恋?)

 僕は火恋を気にしながらも、王の後を追った。
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