レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
僕は呟いて、ヒナタ嬢は何も言わずに顎を上に向ける。魔竜は、突風を吹きつけながら羽ばたいていたけど、それ以外は何もせずにいる。天を見上げるように、三つ首が伸びているのが窺えた。
(何を見てるんだ?)
僕は自問して、はっとした。
「魔王――あいつ、魔王を見てるんじゃ?」
魔竜の真上には魔王が輝いている。
魔竜に遮られながらも光を地に注いでいた。
「おそらくな」
「もしかして、食べようとしてるんじゃ……?」
嫌な予感が過ぎったが、燗海さんは首を振った。
「いや。そうではなさそうじゃぞ」
燗海さんの言うように、魔竜は一向に動こうとしない。まるで、魔王に魅入られているみたいだ。僕がまじまじと魔竜を見ていると、すぐ側の部屋から声高に誰かが叫んだ。
「危険です! 僕が行きます!」
「なんだ?」
僕は駆け出して、その部屋を覗いた。その部屋は、あかるの遺体が安置されていた部屋だった。
あかるの遺体が入った棺の前で、マルが紅説王を止めようと袖を引っ張っていた。その手を、王は静かに外した。
「お前じゃ無理だ。円火」
「どうし――」
僕が声をかけようとした瞬間、紅説王は結界で空中に足場を作り、瞬く間に上空へ駆けた。
王は、魔竜の目前に立った。僕はぎょっとして、息が詰まる。王は、紫色の呪符をかざし、あらん限りに叫んだ。
「共鳴せしもの、対となるもの、我の命を聞け! 操相の術ここに成らん!」
「ヴィイイ!」
魔竜は僅かの間、悲鳴を上げた。そして急に、ぴたっとおとなしくなったかと思うと、まるで指示を待つように紅説王を見据えている。
(なんなんだ?)
僕は、混乱した。状況が上手く把握できない。そこに、
「おい、どうしたんだ。何があった!?」
陽空、アイシャさん、ムガイ、火恋、そして青説殿下までもが慌てて駆けてきた。だけど僕は、
「……分からない」
呆然と空を見上げたまま、そう答えるしかなかった。