アラサーですが異世界で婚活はじめます
「こちら」に来てからはいつも、あの瞬間のことを考える。

 東京の、オリンピックに向けて改装中の駅。
 雨に濡れた階段を踏み外したあの瞬間。

 あの日、雨の昼過ぎ、出張中に緊急案件が入って美鈴はいらだっていた。
 空には重い雲がかかり、身体の芯から凍えてしまうような冷たい雨が降り続いていた冬の日。
 トレンチコートを翻し、携帯でオフィスにいる同僚に指示を出しながら、足早に駅の階段を降りかけたその時。

 ――足を滑らせて……それから?

「それから」は全く憶えていない。
 落ちていく瞬間が奇妙に長く感じられて、その間にさまざまな思考が頭の中に閃いた。

 ――よかった、私の前にも階段の下にも人はいなかったはず…。誰も巻き込むことはない……
 こんな形で人生が終わるなんて思ってもみなかったわ。何かやり残したことは……

 そうだ……!来週提出のセールスリポート集計結果、ドラフトを共有フォルダに置いておけばよかった!……そしたら……

 ……少しでも、部署のみんなに迷惑をかけずに逝けたかなぁ……?

 今わの際にもつい仕事のことを考えてしまう……。
 それは、見事に仕事のことしか考えていないアラサー女の最後だった。
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