イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「これで機嫌を直してください」


囁くようにそう言って、ディオくんは私の手の甲にキスをしようとする。

けれどすぐに後ろから腰を引き寄せられて、ディオくんの手が離れた。


「油断も隙もねぇな」


剣ちゃんは私を抱き寄せたまま、敵意をむき出しにしてディオくんを見すえる。


「いいか? こいつのお人好しは好意じゃねぇ。病気みたいなもんなんだよ。だから勘違いすんな」


あれ、剣ちゃん。
それ、さりげなく私のことをディスってない?


ガーンと落ち込んでいると、ディオくんは両方の手のひらを上に向けて肩をすくめ、首を横に振った。

「まったく、レディの扱いがなっていませんね」

「うるせぇ」


ガヤガヤと言い合っていると、タイミング悪く教室から雅くんが出てきた。


「あ……」


頭の中に雅くんに襲われかけた記憶が蘇る。

自然と身体が強張って、呼吸も浅くなった。


「……っ、ふう……」


バクバクと鳴る胸を押さえていると、剣ちゃんが私を抱きしめたまま、雅くんに背を向ける。


「大丈夫だ、愛菜」

「剣ちゃん……」


剣ちゃんは私の背をなだめるように軽く叩きながら、雅くんを振り返る。


「ぞろぞろと虫みてぇにたかりやがって」

「きみに虫呼ばわりされたくないな。それにしても、なんだかにぎやかだね」

雅くんの視線が剣ちゃんからディオくんに移る。

「俺は安黒雅、本物の王子様に会えるなんて光栄だよ」


雅くんは握手を求めるように、ディオくんに手を差し出す。


「アグロ……ああ、きみはミスター安黒の息子さんですね。こちらこそ、光栄です」


快く握手を受けるディオくん。

雅くんはいつものように感情を押し込めた笑みを浮かべていて、それがやっぱり怖かった。


「なに考えてんだよ、雅」

剣ちゃんは警戒するように雅くんを見る。

「そうだね、殺虫剤でもまこうかなって」

そう答えた雅くんの楽しげな視線が私に向けられる。
まさか、みんなになにかするつもりじゃ……。

なんとなく嫌な予感がして、私は剣ちゃんのワイシャツをギュッと握りしめた。


「おーおー、よーくまいとけ。自分にな」


剣ちゃんは不敵に笑ったあと、すぐに表情を消して雅くんをにらみつける。

対する雅くんは笑みを崩さず、剣ちゃんの視線をサラリとかわして、私たちの横をすり抜ける。

その間際に「またね」と囁くと、一度も振り返ることなく廊下を曲がっていった。

姿が見えなくなってようやく息をつくと、剣ちゃんが気遣うように私の顔を覗き込む。


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