イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「森泉は一見天然に見えるが、政治家の娘だけあって聡い。だが、お前も知ってのとおり、あいつは人からのイヤミをイヤミと受け取らないからな」

「そうだな」

「のん気な性格もあるだろうが、根本的に人がいい。だから誰かとケンカするまでに発展しない」

「なら、あいつを怒らせた俺は相当な悪党ってわけだ」


嘲笑交じりに答えると、学は眼鏡を人差し指で押し上げて静かに俺を見る。


「違うだろう。お前は、俺が知っている限り、あの森泉を最初に怒らせた男なんだぞ。逸材だ」


真顔で答える学の意図はわからないが、これだけははっきりした。


「お前、俺にケンカ売ってんだろ」

「冷静になって頭を使え、頭を。怒りは愛情の裏返しだ。森泉はお前を大切に思ってるからこそ、裏切られたと思って怒った。そう考えられないか」


こいつ、俺たちのやりとりを見てたんじゃねぇだろうな。

そう疑いたくなるほど、学は自信たっぷりに続ける。


「怒りというのは一歩踏み込んだ感情だ。それを見せられる相手、つまりお前は森泉にとって特別なんだろう」

「都合のいい考えだとは思うけどよ、お前が言うとやけに説得力があるな」

「俺は心理学にも興味があってな。最近の愛読書は『アドラーの心理学入門書』だ」


普段はあまり笑顔を見せない学が珍しく、メガネを押し上げてニヤリと笑った。


「よくわからねぇが、わかった」


学がやべぇやつだってことは理解した。

こいつは敵に回したくない。

本能的にそう感じる。


「少し、無駄話が過ぎたな。矢神、気が鎮まったなら、森泉のところへ行け」


学に言われて初めて、はっとする。

そういや、あいつ……。
今、ひとりでいるんじゃねぇか!?

俺は急いで立ち上がり、教室を飛び出そうとして戸口で学を振り返る。

「学、助かった」

「いいから、早く行ってやれ」


学に見送られて、俺は駆け出す。

愛菜……。

もし、お前が俺のことを特別に思ってくれているんだとしたら。

俺はお前が思ってる以上に、お前のこと――。


「特別だと思ってんだよ!」
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