今夜、桜の木の下
「………」



今どこにいるとか、どこに向かってるとか
そんなこと考える暇もなかった




この人ほんとに誰……?



さっきまで高かったテンションがだんだん下がってくる


いやいやいや、こんな特徴的な人忘れるわけないよね



「ブルドッグみたいな顔してるよ」



「…え!?」



私は慌てて自分の顔を触る



「ぷっ……嘘だよ‪」


どうやらずっと私の顔を見てたらしい

ケラケラ笑ってる

「…あの!」


「ん?」

彼はゆっくりと車椅子を押しながら
相槌を打つ


「私たち会ったことありましたっけ?」

私は勇気をだして小声で聞いた


「うーん、ないと思う」

意外と普通に答えられるから
またなんて言ったらいいか分からなくなる


「で、ですよねー」


「でもさ」


「は、はい?」





「今君に俺が知り合いか、そんな事あんまり関係ないんじゃない?」


「…え?」


「桜、見たいでしょ?」


「はい?」



なんか掴みにくいなぁ




「きっと今笑ってた方が、明日もっと幸せだと思うよ、後悔っていうものは誰でもするものでしょ?君は今笑っているべきだと俺は思ったよ」


「………」


「なんとなく何があって泣いてるとか、大まかなものって表情見れば分かるでしょ?放っておいたらそのうちどっか行っちゃいそうな顔してた」


彼の優しい言葉が心に染み渡る


彼だけの声が廊下に響いて


私を責める声は全部消えた気がした



彼のことは何も知らないし
私のことも何も知らないだろうけど
でも、だからこそ落ち着けた
彼の優しい言葉が
私の黒くて重たい心の塊を
徐々に溶かしてくれる


「でもこれ誰かに教えたかったんだよねー
本当に凄いから!あの桜!君入院してるんでしょ?見ないと勿体ないよ!」



子供みたいにコロコロ変わる表情は
見ていて幸せな気持ちになった


「……ありがとうございます」



「いいえ!」



彼は自然な笑顔でいる
自然な態度で居てくれる
気を使ってるのか使ってないのか
正直私にはわからないけど
この空気感がすごく心地よかった


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