青の秘密を忘れない
「僕、納得いかないです」

一週間前、やっと仕事を終え、部署で最後にロッカーに向かった時だった。
彼は、お疲れ様です、も言わずに子供みたいに唇を尖らせて吐き捨てるようにそう言った。

「お疲れ様。まだ残ってたの」
「はい」

その後何か言葉が続くと思って待っていたが、彼は私のロッカーの横に寄りかかっているだけで何も言わなかった。

「何が納得いかないの」
「篠宮さんがあんなこと言われるの、意味分からないです」

「あんなこと」が何のことだか一瞬分からなかった。

「……今朝、青井君のミスで一緒に怒られたこと?」

青井君が深く頷いた。
確かに青井君がミスをしたことについて、ダブルチェック不足だと部長に指摘された。

「いや、ダブルチェックで見逃したのは事実だし。
新入社員のミスは指導員の責任だから。ごめんね」

「申し訳ないです。でも、あんな言い方ってないですよ。僕は嫌です」

あんな言い方……。
青井君への叱責が長引いていたから、途中でフォローに入った時のことだ。
彼の仕事量が新人にしては多い、かつ、難易度が高いという話をしたら、部長に「青井君が男性だからって他の社員に比べて優しくし過ぎないか」と厭味ったらしく言われた。
私は、それこそ男性であることで差別しているように感じた。

女性の多い職場で、男性社員が必ずしも可愛がられる訳ではない。
むしろ見た目がよければよい程、周りの態度は様々だ。

彼のことを可愛がる社員もいたが、大半の社員が攻撃的な態度を取ったのは意外だった。
私は、それが〈若いかわいい男の子〉に現を抜かすなという、何に対してか分からない戒めを皆が自分に言い聞かせているように感じて気持ちが悪かった。
抜け駆けは許さない、というような親衛隊じみた雰囲気に近い。

私は、そこに混ざりたくなかった。
むしろ指導係として、皆より仲良いように見えて一線引いているつもりだった。


彼がしゅんとして俯いた。

「私は、青井君の味方だよ」

そう笑って青井君の肩をぽんと叩いた。

「……でも、いなくなっちゃうんですよね」

彼はそう言って、私の目を真っ直ぐ見つめた。
私は顔が熱くなるのを感じて、ロッカーに視線を向けた。

「うん」

「行かないでください」

振り向くと、青井君の顔が私の頭上にあってロッカーにもたれるように壁ドンされる形になった。

「行かないでください」

「……また冗談言って。ほら、帰るよ」

そう言って私は青井君の顔を見ずにすり抜けるようにロッカールームを出たが、彼はついてこなかった。

そう、私はあと一カ月で退職する。
夫の転勤についていく。
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