青の秘密を忘れない
結婚式が終わって、正臣を駅まで見送った。

見送った後、泊まっていたホテルに戻り、クロークで荷物を受け取ってトイレで普段着に着替えた。
髪型はせっかく可愛くしてもらったから、このままでいい。
指輪は、外してカバンの内ポケットにしまう。


そのまま新幹線に乗り込んで、青井君の元へ向かう。
どちらかがいる場所ではなく、旅行というのがまた新鮮な気持ちになる。

「青井君、お待たせ!」

私が近付くまでキョロキョロしていた青井君は、私を見つけて嬉しそうに手をあげた。
私も嬉しくなって手を振って応えた。

海が近いからと言って、二人で手を繋いで海岸沿いにある公園に向かった。
海風が

青井君がカバンをゴソゴソして何かを取り出す。

「僕、いいもの持ってきました!」

じゃーん、と言って出したのはデジカメだった。

「これスマホにすぐ送れるタイプなんで、たくさん思い出の写真撮りましょう」

嬉しそうに笑う青井君が、笑顔になった私に向かってシャッターを切った。

本当に普通のカップルのデートみたい。

きっと道行くカップルは自分たちのことを「カップルみたい」と思うことはないのにな、と苦笑する。

「篠宮さん?どうしました?」

「ううん、何でもない」

私は笑って青井君の腕にしがみついた。
青井君が二人が映るようにカメラを向けたから、満面の笑みでレンズに映る彼を見つめた。


海岸を歩いていくと、ピンクの鐘が飾られている。

「この鐘を二人で鳴らすと永遠に結ばれる、だって」

「えー、やるの恥ずかしいやつだ」と、彼が笑った。

目立つのを嫌う彼に強制するのは照れ臭かった。
「確かに恥ずかしいかも」と笑って、私たちはそこを後にした。

鐘から遠ざかりながら、ふと「永遠の愛を手に入れられるなら鳴らした方がよかったかも」という考えが浮かんだ。

でも。そんなことで離れない。

私は不安をかき消すように砂を蹴り上げて歩いた。


ホテルで私たちは温泉に入って、部屋に戻ってきた。

青井君は浴衣もよく似合う。
思わず見とれてしまう。
ただ、不器用なのか少し緩く着て、くつろいでいる間に鎖骨が露になっている。

「篠宮さんの浴衣姿いいですね」
「そうかな?青井君も浴衣似合ってるよ」

青井君はにこっと笑って、私の髪を撫でた。
そして、ふいに真顔になる。

「片思いしてる時は葛藤もありましたけど、篠宮さんとこうなったこと後悔してないです」

私は胸がいっぱいになって、彼の髪をなで返す。

「なんで私のこと好きになってくれたの?」

青井君はうーん、と考え込むポーズをしてから申し訳なさそうに切り出す。

「正直これがきっかけ!とかはないです。
実はなんとなくですけど、最初は僕、篠宮さんに好かれてるんじゃないかって」

私は動揺して、彼を見た。
私すら気が付いていなかった好意に気が付いていたの?

「まぁ、確信はなかったんですけど。
そこからどんどん意識しちゃいました。
篠宮さんの優しいところとか頼りになるところとかふいにかわいいところとか、すごくいいなって思ったんですよ」

青井君は私の頬を両手で挟んで、少し意地悪そうに笑った。

「篠宮さん、結構前から僕のこと好きでしたよね?
なんで僕のこと好きになってくれたんですか?」

「……正直私も自覚なかったよ。
でも、多分最初から何か感じてたんだと思う。
あ、でもね、中身で好きになったんだよ。
素直なところとか気遣いできるところとか……」

あわあわしている私を、からかうように、でも幸せそうに見つめている青井君。
謙虚になったり大胆になったり、こんなにもころころ変わるところは好きになって知ることができた。

「篠宮さん、かわいい。好き」

甘えているようなタメ口に慣れなくて、脳みそがとろけそうになる。
青井君の唇が私の耳たぶを挟んだ。
そこから鎖骨に向けて唇が降りてきて、浴衣の縁をなぞるように動いていく。
頭を使わなきゃいけない状況が待ち受けているのに、どんどんバカになっている気がした。

「私も……好きです」

「なんで敬語なの!」

青井君は大声で笑うと、キスをしてぎゅっと抱き締めた。

「篠宮さんって一人暮らししてたんですよね?」
「うん、そうだよ」

「もし僕たちが独身同士で出会ってたら、社内メールとかでこそこそ連絡して外で落ち合って、篠宮さんの部屋でどうでもいい番組観ながらまったりして、夜は寝かせないで、お昼に起きてだらだらしてましたね。
篠宮さんのご飯食べて『青子これおいしいよ』だなーんて。
たまには今日みたいに旅行するのもいい……」

青井君があまりにもスラスラ話しているのを見て、彼もまた日頃から同じように思ってくれていることを実感する。

「なんで結婚しちゃったんですか。
僕に出会うのに、なんで待っててくれなかったの」

口調は冗談を言っているようだったが、さっきの自信満々な笑みはない。
力無げに笑う青井君に「ほんとだよね」と返すことしかできなかった。

でも、独身同士だったらまた距離感が違ってこうはならなかったんじゃないかとも思う。
私は早い段階で彼を好きなことを自覚して、彼もそれに気が付いてうまくいかなかっただろうな、と。

あの日に至るまでの全ての歯車が噛み合った結果が、今だ。
それなら、私の結婚すら青井君とこうなるために必要なことだったのかも知れない。

結局、今のこの時間以外は『たられば』の世界だ。

「今度、何か料理作ってこようか」

そう言うと、青井君は嬉しそうに頷いた。
些細なことでも何か叶えてあげたい、いや、自分がそんな幸せを味わいたいと思った。

そして私たちはまたどちらからともなくキスをして、そのまま眠りについた。
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