青の秘密を忘れない
第10章 地獄に落ちるとしても一緒にいたい
前回のデートから二週間後の土曜日、私は地元の最寄駅で青井君を待っていた。

帰省すると言った手前、実家に帰らない訳にはいかない。
ゆりえと会って夜に最寄駅に着くと、正臣と両親に嘘をつく。
青井君にそんな話をした時だった。

『僕、篠宮さんの地元に行ってみたいです。
篠宮さんがどんなところで過ごしてたか知りたいです』

何もないよ?と断りを入れつつ、その申し出に嬉しくなってしまう。

かなりリスキーなことだとは分かっていた。
それでも、何回も嘘の成功体験をしていると嘘も行動もガバガバになっていく。
理屈としては分かっているが、行動を止められる程の判断力は失っていた。


「わっ!」
窓の外を眺めていたら、急に視界が真っ暗になり思わず声を上げた。
と、同時に大きい手に口をふさがれた。

「しっ、声大きいです」

耳元で聞こえる青井君の声に胸が高鳴る。
私は目を覆っているものを持ちあげると、それは青いキャップだった。

「それ、あげます」
「え、なんで」
「変装しないと見つかっちゃうかもなので。ほら、僕とおそろい。
これで顔見えないし、そこら辺にいるカップルでしょ」

彼はいたずらっ子のような笑顔を浮かべて、被っている青いキャップを指差した。
そして、それを目深に被り直して歩き出す。

実家の近くはさすがにリスキーだからと言って、少し離れているよく遊んでいたゲームセンターやカフェ、映画館を回った。

高校時代にどんな部活に入っていてどんな友達がいてどんな風に過ごしたかお互い語り合った。

「せっかくだから、映画でも観ますか」
青井君が恋愛ものは苦手だと言うので、今話題のアニメ映画を観た。

「結構おもしろかったですね?」

途中で青井君にさりげない仕草で手を握られ、映画の内容はほとんど覚えていない。
それを見透かしているように笑った青井君に答えずに、冗談っぽくすねた顔を見せると彼は声を上げて笑った。

もし、青井君と高校時代に出会っていたらこんな日が待っていたのだろうか。

実際には高校どころか小学校も被らないのだけど、もしそんな世界があったらよかったのになと思った。


空が暗くなってきて、私たちは最寄駅に戻ってきた。

「もう回る場所はないかな」
「篠宮さんのことがもっと知れた気がします」
「高校時代はね。もう十年以上経ってるから結構変わってたけど」

ふいに会話が途切れて青井君が何か考え込んでいるような顔をする。

「篠宮さんは、僕に出会うことなんて知らずに過ごしてたんですよね」

私は頷きながら、青井君の言葉の真意を見つけようと彼の顔を見つめる。
「ここにいる時はまだ旦那さんには出会ってなかったんですよね」
「……うん、大学で出会ってるから」
「ここで出会いたかったなって思っちゃいますね、旦那さんと出会う前に」

青井君は意を決したように、戸惑う私の手を引いて来た道を戻る。

「僕、やっぱり篠宮さんの小さい頃から中学時代も知りたいです」
「えっ。いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、リスキーだよ……」

「ご家族にタクシーの運転手はいませんよね?」
「うん、いない。……ああ!」

青井君は真っ直ぐに手をあげて、タクシーを停めた。
「これなら外から見えにくいでしょう」

「どちらまで」
少し訝しげに運転手が目的地を聞いてくる。
この辺りを一周したいんですけどと携帯電話で地図を示す。
さらに不思議そうな顔をしたが、青井君が私の手を握ると関わるのが面倒くさそうに前に向き直った。

既に暗くなってきているため、おそらくタクシーの中は見えない。
私は、窓の外を見ながら青井君に一生懸命思い出を語って、青井君は一生懸命聞きいっていた。

「あれが、実家」と指差すと、青井君は口惜しそうな顔で私も微かに聞こえるくらいの声で呟く。

「行ってみたかった」
それが今は不可能なことはお互い分かっている。
だから、私に語りかけている訳ではないのも分かっている。
私はその心の声を聞こえないふりをしたが、その代わりに彼の手を強く握った。
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