青の秘密を忘れない
「なるほど。よく分からん」
電話の声から、ゆりえが怪訝そうな顔をしているのが想像できた。

「愛情表現なのかなぁ」と聞くと「愛情表現なのかなぁ」と同じように返ってきた。

「まぁ、ちょっと特殊なところもあるけど愛情ではあるんじゃない?
やっぱり現状へのプレッシャーが強そう。
そこまでいろいろ言う人なら、好きじゃなかったら会わないタイプだと思うし。
でも、ねぎって斬新だなぁ」

うーん、と私が笑うと、それまで笑っていたゆりえが真面目な声になる。

「ねぇ、青子。それでも青井君がいいの?
正臣君じゃだめなの?」

「……うん。正臣は全く悪くないけど、むしろこんなにいい夫はいないと思ってるけど。
それでも私は青井君といたい」

「愛だねぇ」というゆりえに曖昧に笑った。

「恋だよ」と言ったら怒られる気がした。


私は、青井君と「普通の恋」をしたい。

そこら辺にあるけど、お互いを好きで堪らなくてそれが許されるような恋をしたかった。
恋が愛になっていく過程を青井君と一緒に味わいたいと言ったら、彼はどんな顔をするのか。


「そろそろ正臣帰ってきそうだから切るね」
「はいはい、またねー」

電話を切って食卓の準備をしていると、正臣が帰ってくる。
ただいまと言って、味噌汁をよそう私を後ろから抱き締める。
「味噌汁熱いから」と笑って、正臣を引き剥がした。


「そろそろ、したくない?」

ベッドに寝転んだところで正臣が尋ねてきた。
私は「うーん」と言って眠そうな顔をしてみる。
正臣は珍しく私のことなんて気にせず、ぎゅっと抱き締めてくる。
〈なんでこの人は青井君じゃないんだろう〉
そう浮かんで、咄嗟に身をよじってしまう。

「今は、子供欲しくないの……疲れちゃってごめんね」

私は思考をめぐらせたがいい言い訳が思い付かずそう言って背を向けた。

きっと、子供ができていたら青井君を好きという気持ちもしまっていたのだろうな。

そう思うと全て、タイミングだった。

たとえ現状を維持するとしても今、正臣と子供ができたら一生後悔する。
ずっと欲しかった子供ができたのに後悔が残るなんて、どうしても嫌だと思った。

「分かった。……大好きだよ青子」

そう囁いた正臣の声を寝たふりで無視をした。
正臣を傷付けた自覚はあった。

でも私は、青井君の言う「ねぎ」という言葉を反芻して、やっぱりそう口にする青井君は私を好きでいてくれていると思った。
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