エリート御曹司と愛され束縛同居
「澪」


混沌してまともな判断ができなくなっていると右腕を背後から強い力でつかまれた。

その感触にハッと我に返った。

「……植戸様、ご無沙汰いたしております」

端正な面立ちに冷え冷えとした感情を乗せた幼馴染みが優雅に挨拶をする。

口元は柔らかな弧を描いているのに、目には驚くほど冷たい光が宿っている。

「佐久間さん……お、お久しぶりです。あの、どうしてここに……海外に転勤なさったのでは……」

ほんの少し動揺した声を出す桃子さんは、先程までの穏やかでどこか優越感の混ざった表情を消してしまっている。

「ええ、仕事で一時帰国いたしております。岩瀬に急ぎの案件がありまして捜しておりましたら、こちらに向かったのを見た社員がおりまして……なにかご用がございましたか?」

へりくだっているようで一切の弁明を許さない言い方に桃子さんが怯む。

「い、いえ、特に……」

「そうですか、それでは失礼いたしますね。岩瀬になにかありましたら九重が心配しますので」

その台詞に彼女の顔色がサッと変わったが、圭太は素知らぬ振りで一礼した後、つかんだ腕を離し、背を軽く押しつつ踵を返す。

「澪、もう少しだけ頑張って歩いて。通りに出たらタクシーを拾うから」

いつもと変わらない幼馴染みの優しい囁きに、強張っていた身体が少し動いた。

零れそうになる涙を瞬きして押し戻す。

いくら圭太の前でもこんなところで泣くわけにはいかない、そんなみっともない真似はできない。


背中から痛いほどの視線を感じながらその場を去った。

大きな通りにでると幼馴染みは無言でタクシーを拾って私を乗せた。

運転手に行き先を告げる声は頭に入らず、ぼんやりと流れゆく景色を車窓から見つめていた。
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