エリート御曹司と愛され束縛同居
その台詞にザッと血の気がひいた。

あどけない無邪気な表情を浮かべたまま、最大の切り札を見せられた。

それは私には決して手にできず、敵わないものだ。

明確な言い方をせずに別れるよう仕向けてくる、その悪意ひとつ感じさせない穏やかな話し方と憐憫の情さえわく言い方に恐くなる。

植戸家の協力がなければ住民の方々の理解を得るのは難しくなるし、華道や茶道の心得も人脈もない私はあの人の力になれない。
 
そこから導き出される答えなんてひとつしかない。


やっと自分の本当に気持ちに気づいたのに諦めなければいけないの? 


肩にかけたバッグの持ち手を握りしめる手が震え、足は力を入れなければ今にも崩れ落ちそうだ。

「……よく考えていただきたいんです」

とどめのようなひと言に胸の奥が氷塊を呑み込んだように凍りついていく。

「随分と冷えてきましたね。お引止めしてしまってすみません。ご自宅までお送りいたしましょうか?」

柔らかな表情を浮かべ、小首を傾げるように尋ねる桃子さんが恐かった。

一刻も早くここから逃げ出したい、心がボロボロで砕けそうなのに、声が枯れてしまったように言葉をうまく発せない。

一緒に暮らしているなんて知られたら一大事だし、これ以上一秒たりとも一緒にいたくない。

まさか同居の件も知っているのかと、邪推してしまう。
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