クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
「汐里が可愛かったから」

 それは車内に静寂が波打つ引き金だった。自分の耳を疑って相手を見れば、亮の瞳にからかう様子は一切ない。

 そのまま右手を取られ、彼がこちらに身を乗り出してきた。

「あのときも、今も汐里が可愛くて。だから思わずキスしたんだ」

 言い聞かす口調で彼は静かに告げる。それはなにかの呪文だったらしく、私の動きを止めた。唇が重ねられ、やっと()ける。

「ちょ、待っ」

 顎を引いて短く抗議すれば、すぐに(おとがい)に手を添えられ口づけられた。不必要に息を止めてしまい苦しさで胸が締めつけられる。

 長い口づけが終わり、ゆるやかに唇が離れる。情けなくも大きく息を吐いてしまい、次に襲ってくるのは羞恥心だった。

 今のキスにか対してか、亮の言葉にか。

「す、水族館に来たんだから、もっと純粋に中身を楽しもうとは思わないの?」

「十分に楽しんでるだろ。汐里も含めて」

 どこまで本気なのか、冗談なのか。亮は私の頬に音を立て口づけると体勢を戻した。ややあって車が動き出し、私はわざと外に視線を向ける。

 ああ、もう。この気まずさまで大学時代と同じじゃなくていいのに。

 内心で文句を垂れていると、すぐに考えが切り替わった。

 違う。勝手に気まずくしているのは私の方だ。

 今も、昔も、私がひとりで悶々として抱え込んでいただけで、それを相手のせいにするのは間違っている。
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