幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
「健一郎は桐本先生と一緒じゃなかったの?」
「桃子? ですか?」
驚いたようにそう言って健一郎は私を見る。
(桃子って……)
私が眉を寄せると、健一郎は、「世間話して別れましたよ?」と告げた。その言葉にホッとしている自分がいる。
「……そう」
私は下を向いて息を吐き、その場に座り込んだ。すると健一郎も横に座り込む。
「三波さん、寒くないですか。もう少しこちらに来てください」
「いやだ」
思わず言うと、健一郎は苦笑する。
「先ほどは抱き着いてきてくれたのに」
「それ、もう忘れて!」
「でも少し寒いですから」
そう言うと、健一郎は私の私の隣にぴたりと座ると、自分のスーツのジャケットを私に肩にかけた。「大丈夫です、何もしません。これだけかけさせてください」
そうされて、私は無言でそれを受け入れていた。
雷は聞こえなくなったけど、外で雨が降る音は続いている。
黙っていると、健一郎が口を開いた。
「ところで、どうして講演会場にいたんですか?」
「え? 気づいてたの? あ、あっと、えっと、それは……森下先生が一緒に聞こうって。今まで健一郎が働いているの見たことないでしょうって言って……」
健一郎は苦笑すると、
「言っておいてくださいよ。会場見たら三波さんがいたので、緊張してしまいました」と言う。
「どこが?」
あなた緊張なんてしてなかったでしょ。そう言いたくて、顔を見ると、私の手を取り、自分の胸を触らせた。
「わかりませんでしたか? 僕はあなたに見られるとこうなります。いつも胸がドキドキとして止まらないんです」
胸を触らされた掌から、ドクドクと大きな心臓の音が聞こえた。
それが自分の心音より大きくて速いと気づくと、私は思わず笑ってしまった。
(健一郎がまるで普通の男の人のようだ)
そして、少しして健一郎と目が合う。
(あぁ、そうか。この人は、私のことがちゃんと好きなんだろうな……)
なんて、当たり前のことをぼんやり思っていると、健一郎の顔が近づいてきて、私はゆっくりと目を瞑った。
唇にキスをされた感触がして、そっと唇が離れる。
前とは全然違う、予想外の軽いキスに私は目をあける。すると目の前に、困った表情の健一郎がいた。
「さすがに困りました……。そんなに素直な反応されてこんな密室ではちょっと……」
突然、身体を押し倒されて、私は目を白黒させる。キスだ、と思ったら、先ほどとは全く違う激しいキスを何度もされ、そのあとまた、健一郎の舌が口内を這いまわる。口内で舐められていないところは何もない。
苦しい、けど、それだけじゃない。熱に浮かされるような感覚。まるで媚薬だ。
私がおずおずとそのキスに応えると、健一郎が少し驚いた顔をした。
「イヤならイヤだと、もっとちゃんと拒否してください」
「ま、まだエッチとかは怖い! で、でも、健一郎とキスするのは……」
嫌いじゃない。そんな言葉は宙に浮いて消えた。
私は健一郎の顔をじっと見つめる。
あぁ、きっと私は今、酔っているんだろう。先ほど、会場で飲みすぎた。健一郎は飲んでいたのかは知らないけど、きっと健一郎も酔っていたと思うことにした。
―――だから、私、今、健一郎相手にこんなこと言えるんだ……。全部お酒のせいだ。