策士な課長と秘めてる彼女
「ええっ?今の何?何が起こったの?」

日葵は、口付けられた己の唇に右手をあてて海岸に立ち尽くしていた。

陽はすっかり登り、スマホの時計は8時を指している。

いつもなら柊と走って帰り自宅に辿りついている頃だ。

顔が日焼けしたのかヒリヒリして地味に痛い。

心配した柊が、日葵の顔を覗き込んでくる。

「だ、大丈夫だよ。柊くん。事故事故」

そうだ、陽生は日葵をからかいたかっただけに違いない。

そう結論付けて、自宅に戻ろうとした日葵は何か思い出さなくてはならないことがあったのではなかったかと、不安にかられた。

『忘れ物を取りに来い』

陽生の意味不明な言葉が、日葵の脳内を駆け巡った。

「忘れ物?」

柊に並走していた日葵が突然立ち止まる。

「あー!カメラとノート!」

酔ったあげく、陽生にタクシーで送られた日葵は、そのまま何も考えずにお風呂に入って眠った。

朝起きて、このときも何も考えずに、ルーチンワークの散歩に出掛けた。

そしてようやく今、気がついたのだ。

陽生に

「持ってやる」

と言って奪い取られたカメラとノート入りのバッグを返してもらっていないことに!
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