嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
「一華、大丈夫? 少しはリラックスしたら?」


運転席でシートベルトを外した薫社長は、どっくんとCGみたいに飛び出しそうな心臓を手で押さえる私を冷やかすような目で見た。


「り、リラックス、ですか」


棒読み状態の私の背中に手を回し、トントンと優しく摩る。
心地よいリズム。


「ほら、深呼吸して」
「しゃ、社長は緊張とかされないんですか?」
「……俺?」


勿体ぶるように小首を傾げ、薫社長はふっとまつ毛を伏せて微笑んだ。


「ま、まさか、そんなはずないですよね! 株主とか社員とか、大勢の前でいつも堂々としてらっしゃる社長に限って緊張なんて……」
「するよ。婚約者のお宅にご挨拶に行くんだから、当然だよ」


こ、このシチュエーションを愉しんでいる……。
余裕ありすぎでしょう。


「一華。こないだの約束、覚えてる?」


前触れなく問われ、跡継ぎのことかと思い身を硬くした私の頬に、薫社長はそっと手のひらを移動させた。


「今度、外で社長って呼んだらキスするって」
「き⁉︎」


尋常じゃない心拍数。
さっきよりも余計に緊張感が高まっている。


「薫、だろ?」


要求するように色っぽく、薫社長は目をすがめる。


「言ってみて? 練習だよ」
「っ、」


頬を撫でた手は、今度は私の顎をクイッと持ち上げる。
唇が触れてしまう、という焦りで喉が収縮して、うまく口が動かない。


「か、薫、さん……っ」


なんとか絞り出した声は、青息交じりでほとんど音になっていなかった。
< 44 / 118 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop