嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
私はというと、現在求職中。
会社には退職届を郵送し、残っていた有給も消化し終えた。

いろいろあったけど、実家で慎ましく暮らしている。


「お母さんと風太くん、何時に帰ってくるの?」
「風太は夕方って言ってた。お母さんはもうすぐ来ると思う」


風太は友達のご家族に、キャンプに連れてって貰っている。
カフェバーで休みなく働いているお母さんは、ランチタイムが終わって客足が落ち着いた頃に一旦帰って来て、夕飯の準備をする。

まあ、落ち着かないくらい客足が伸びることもそんなにないんだけどね。


「じゃあ私、そろそろお暇しようかな。三時間もお喋りしっぱなしで疲れたし」


ダイニングテーブルのゴミを仕分け、詩織が立ち上がった。


「今日はありがとね。久々にたくさん話せて楽しかったよ」
「うん、私も。また来るね」


ちょうど、詩織を玄関に送って行くと、ドアの向こうで物音がした。


「……お母さん、帰ってきたかな?」


私と詩織は顔を見合わせ、首を捻る。
たたきでパンプスに爪先を滑り込ませたとき、玄関のドアが開いた。


「おわ!」
「び、びっくりした……!」


狭い空間で鉢合わせた詩織とお母さんは、窮屈に肩を縮こませ、笑顔を向けあった。


「こんにちは、おばさん。おかえりなさい」
「詩織ちゃん、もう帰っちゃうの? 夕飯も食べてけばいいのに」
「えっと……それはまた今度で!」


お母さんからバトンタッチみたいに玄関のドアノブを受け継いだ詩織は、へへっとだらしなく笑った。


「詩織、今夜デートなんだって」
「あらま、そうなの? いいわねー詩織ちゃん!」


お母さんがウキウキした声で言うと、詩織は恥ずかしそうに肩をすくめた。


「はい、なんかすみません……へへ。じゃあまたね、一華!」
「うん、楽しんできてね!」


なんかすみません、って……。
気を遣わなくていいのに……。
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