きつねさんといっしょ!
 私の目の前でミトさんが姿を消した。
 代わりに現れたのは……。
「ウ、ウサギ?」
 私は目をぱちぱちさせた。体調三十センチほどの白いウサギだ。耳をピンと立ててこちらを見ている。
 ふわふわした白いウサギ。
 小さな赤い目が妖しく光った。
「うん。これが僕の本当の姿」
「ミ、ミトさんなんですか」
「うん。そうだよ」
 ポンッ!
 今度はウサギの姿からめいどふくの美少女に変化する。
 あぁ、抱っこするヒマもなかった。
 私は内心がっかりしたのだけれど、声にはせずにいた。でも、本当に本当に本当にもったいない。
 もふもふチャンスだったのに。
「顔をすりすりしたかったのにぃ!」
「うん。声に出てる」
 指摘されてはっとした。
 やや冷ややかな視線。
 微笑んでいるのに目が冷たい。
「うん。君の前ではなるべく人の姿でいるよ」
「えぇっ?」
 どうしてそんなひどいことを……。
「うん。それで、君が泣いていた理由は?」
「泣いてません」
「うん。理由は?」
 私に拒否権はないようだ。
 それでも、あえて抵抗してみる。
「な、泣いてなんかいませんってば」
「うん。それはわかったから、理由は?」
 全然わかってないよこの人。
 何か話さないと許してくれそうにないので、私はふうと嘆息した。
「……どうしてこうなんですかね」
「うん?」
「私、千葉の大学を卒業したあたりからついてないんです」
「うん」
「最初は新橋の会社に就職できたんです。寮付きで働きやすい環境で……結構いい会社だったんです。でも、二ヶ月で潰れちゃって」
「うん」
「再就職はすぐにできたんです。新宿の会社で……寮がなかったんでアパートを借りました。そしたら、半月もしないうちに火事に遭っちゃって」
「うん。て、火事?」
 ミトさんの目が少し見開かれた。
「うん。君の部屋から?」
「いえ、お隣さんです。タバコの不始末が原因だとかで」
 私は当時のことを思い出した。
 あのあとしばらく友だちの部屋に泊めてもらったなぁ。
「まあ、どうにか新しい部屋を見つけたんです。そしたら、配属先の都合でまた引っ越さないといけなくなっちゃって」
「うん。大変だね」
「それで川越のアパートに移ったんです。そしたら向かいの建物に新興宗教の道場が出来ちゃって」
「うん……」
「で、反対運動とかいろいろ面倒に巻き込まれて、どうにもならなくなってまた部屋を変えたんです」
「う、うん」
「そしたらそこはラップ音がひどくて……私、一応我慢したんですよ。けど、やっぱりダメで」
「う……」
「その次は落ち武者が出ました……もう笑うしかないですよね。さすがに我慢しないで速攻で転居しましたよ」
「……」
 ミトさんの顔が引きつっていた。
 まあ、無理もないよね。
 私だってこんな話聞かされたら引くもの。
「で、やっと落ち着いたかなと思ったら会社がなくなっちゃって……社長が金持って逃げたんですよ。いきなり無職です。追い討ちんかけるように住んでたアパートがまた火事に……」
 いきなりミトさんが私に抱きついた。
 びっくりして身を離そうとしてもミトさんの力がすごくてびくともしない。
 とんとんと背中を叩かれた。
「うん。辛かったね、悲しかったね」
 えーと。
 まだ話は終わってないんですけど。
 失職した会社の同僚にお情けで住まわせてもらいつつ、私は再就職のアテを探した。見つかるのは見つかったけど、いつまでも元同僚の厚意に甘える訳にもいかない。
 彼女は彼氏持ちだった。
 どう考えても私がいたら部屋に上げづらいはずだ。大人しく人の良い彼女に迷惑をかけるにも限度がある。
 彼女が何も言わなくても私がそんな自分を許せない。
 だから、今の会社の最寄り駅前で不動産屋に飛び込んだ。
 ……ミトさんの温もりに包まれながら、私はそんな話を付け加えた。
 うんうんとミトさんが首肯する。
 度重なる転職と引っ越しで私の経済状況はすこぶる厳しいものとなっていた。
「だから、家賃一万円の物件を目にしたときは心底嬉しかったんです。それに家具家電つきっていうのも助かりますし」
「うん。それは良かったね」
「事故物件って不動産屋さんは言ってたんですけど私にはそんなの問題なかったんです」
「うん」
「落ち武者の経験もありましたし。どーんと来い! て感じですかね?」
 私はわざとらしくにこりとした。ミトさんには見えてないはずだけどそうしたかったのだ。
「うん……うん……」
 私がさらに話そうとしたとき、金属製のドアの開閉音が聞こえた。
「飯塚さん、お邪魔します」
 その声にミトさんの身体がびくんと反応した。あからさまに慌てた素振りで私から身を離す。
 あまりの急変ぶりに私はきょとんとしてしまった。
 え?
 何?
 ミトさんがビニール袋を拾い上げるのとイケメン姿のきつねが大家さんを連れて部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。
 
 
 
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