基準値きみのキングダム


お店の入口のところまで、見送りに来てくれる。


のれんの向こう遠く、次にやってきたお客さんが見えていた。テレビで紹介されたくらいだから、きっと客足は絶えないのだろう。




「気をつけて帰って」

「うん。ありがとう」

「送れなくてごめん。本当は家まで送りたいけど、今日、店番俺ひとりだからさ」




当たり前のように言うけれど、私はただ買い物に来ただけだよ。

いいよそんなの、と思っていると深見くんがスマホを取り出す。



「森下、スマホ持ってる?」と聞かれて、言われるがままにスマホを見せれば、あれよあれよという間に気づけばラインの友だちに深見くんが追加されていた。




「何かあったら、すぐに連絡して」

「え……いや、大丈夫だよ。そんな迷惑は────」



かけられないよ、と口にする前に、深見くんが遮る。



「これは命令だから」

「め……、命令っ?」

「そう。森下には従う義務があるんで」




本当に、深見くんは、訳がわからない。


結局、何事もなく無事に家についたけれど────ラインを開く度に目に入る「深見 恭介」の4文字に、ずっと、心が落ち着かなかった。




< 63 / 262 >

この作品をシェア

pagetop