基準値きみのキングダム
今はもう春の終わり。それなのに、目の前を季節はずれの春一番がぶわっと通り抜けた。
「は、……え、な、なんで笑うの!」
「笑うだろこんなん。まじでおもしれーの、言ってることと顔がちぐはぐすぎなんだよ」
「……へ」
「猫の手でも借りたい、って顔に書いてあんの。だったら素直に『助けてほしい』って言えばいいのに、頑なに断るし、やたら声デケーし」
ぱ、と慌てて口もとを覆うけれどもう遅い。
そんな私を見て深見くんはまたくつくつと喉を鳴らした。
「急いでんだよな」
「なんで、それを……」
そんなこと、ひとことも言ってない。ろくに関わったことのないクラスメイト、その距離は平気でお星さまほど遠くて、だから私のプライベートな事情なんて、深見くんの知る由もないのだ。
「ずっと、時計、ちらちら見てた」
「……!」
図書室のコンクリが剥き出しになった壁に、ぽつんとかけられた時計。アナログにカチ、コチ、と秒針をすすめるそれに深見くんは視線をさりげなく寄越した。
たしかに、急いでいる。
だから、無意識に時計を見上げる回数が増えていたのかも。……でも、まさか、深見くんがそんなことに気づくなんて。
まさか、私のこと、ずっと見てた?────なんて、甘く都合のいい妄想ができるほど私は夢見がちじゃない。きっと、深見くんは、まわりのことをよく見ているひとなんだ。